帰国してから早くも3か月が過ぎました。
アフリカへ入る通常運行の商用便はいまだ欠航の状態です。
ワガドゥグの暮らしがどんどんわたしから遠のいていく。
わたしの心境かな。
わたしが昨年10月にプランターに撒いたバオバブの種たち。
初めて発芽したのが2019年11月16日でした。
プランターの右にちびっこい緑が見えるでしょう。
11月16日はわたしの娘と同じ誕生日だから、「バオバブ長女」と呼ぶことになりました。
その3日後にはしっかり双葉が開き、11月23日には本葉が出ました。
2020年1月13日のバオバブ長女が手前の弥生式土器のようなものに植えられています。
他のバオバブたちも次々に芽を出し育っています。
2020年3月22日、わたしがワガドゥグのアパートを最後に出るときに撮ったバオバブ長女の写真です(上)。こんなに大きくなりました。
ずっとずっと、あと2年は一緒にいられると思って疑わなかったのに、わたしはバオバブの我が子たちを残してワガドゥグをあとにしたのです。
我が子たちは元気に育っているかなあと思っていたら、我が家のアパートを引き払う時に、ベランダに並んだ最後のバオバブたちの姿ですよ、と夫の会社の女性スタッフが撮って送ってくれました。
2020年5月31日。下の写真です。
これは、バオバブ長女ですが、他のバオバブたちも大きく育っていて、写真を観たわたしはもう気分ハッピーでした。
(スタッフ女性の足が愛嬌ですか。)
しかし、バオバブ長女の成長にはびっくりです。他のバオバブより群を抜いて大きくなっているのは、弥生式土器というかブルキナファソ式土器の丸さ、土の温度の保たれ具合、土器が余分の水分を吸う加減とかが関係しているのでしょうか。
ちなみに、この土器には底に穴は開いていません。
謎です。
このあと、アパートから引き揚げたわたしたちの荷物は(悲しいかな、電化製品や家具はすべて処分)事務所に運ばれ、バオバブたちも(わたしの願いで!)事務所の日当たりの良い通路に移されました。
バオバブの我が子たちはどうしてるかなあ、とまたまた思っていたら、スタッフ女性が昨日、こんな写真を送ってきてくれました。
2020年6月29日のものです。
もう驚きの成長です。
スタッフ女性が、素焼きの土器はすでにバオバブ長女には小さすぎるから、大きいサイズのものに植え替えますよ、と言ってくれています。
前回のブログと写真も内容も重なってしまいましたが、バオバブの存在がわたしとブルキナファソを繋いでくれているように思えるのです。
そして、わたしがワガドゥグから離れた3か月という長さを、特に、わたしのバオバブ長女の成長具合をみて痛感するのです。
長かったなあ。
はるか遠くなった我が町、ワガドゥグだなあ。
5月末にはまたワガドゥグに戻れると思っていたのに、こんな展開になるとは思ってもいなかったことです。
まだまだコロナウィルスの猛威は世界中で吹き荒れています。
アフリカはこれからどうなるのでしょう。
ワガドゥグの仲間たちといつかきっと再会できると信じます。
東京からでした。
2020年6月30日火曜日
2020年6月4日木曜日
わたしのバオバブの子どもたち
2019年4月1日に入居したワガドゥグのアパートを先月末で引き上げました。
会社からの突然の命令でした。
コロナ禍でいまだワガドゥグへの商用便が飛ばない中、ワガドゥグに戻る目途がたたない。ワガドゥグに戻っても、コロナ禍のことを考えると、ホテル滞在のほうが安全でいつでも退避できる。
そういう会社の判断でアパートを引き払うことになりました。
5月初めから4週間の帰国休暇を取る予定が一ヶ月半ほど早まっただけで、ワガドゥグへ5月末に帰国する予定は変えないということから、荷物はそのままにして帰国したのでした。
3月の半ばまでは、ワガドゥグの暮らしは、テロ行為の恐怖のほうに比重がおかれるくらいにコロナウイルス騒動は全くありませんでした。
そして、半ば過ぎから瞬く間にブルキナファソの国にもコロナ禍が広がって行ったのでした。
引っ越しは、夫のプロジェクトの現地職員たちにお願いしました。
荷物はそのままにしてきたから、引っ越しは大変だったと思います。
写真を撮ってパソコンに送ってもらって、必要なもの、不要なもの、売りたいもの、そしてアパートの備品、と分けて行き、必要なものだけトランクと段ボール箱に詰めて夫の事務所に運び入れてもらいました。
わたしたち夫婦がいない中での引っ越しを逐一、報告しながら作業を進めてくれた現地の職員たちに感謝です。
本当は、ワガドゥグにいる友人たち、とてもおいしい料理を作ってくれたコックさんにも荷物の中から必要なものを選んでもらいたかったけど、そんな時間の余裕もないままの引っ越しでした。
オーダーした家具、冷凍庫などの電化製品などの大型荷物は職員たちに譲りました。
アパートのわたしたちが大切にした物たちが詰まった空間が消えてしまって、涙が溢れました。
そんな中で、わたしが事務所の秘書の女性にお願いしたことは、わたしのバオバブの子どもたちを2鉢だけでいいから事務所のベランダに運び入れて、わたしの代わりに世話をしてほしいということでした。
そして、かのじょから送られてきた写真たち。
わずか2か月でこんなに大きく育って!!!
びっくり感動でした。
このバオバブの木は、2019年11月16日に初めて発芽したものです。
コックのセイドゥおじさんが買ってきたバオバブの果実の中から、種を取り出し乾燥させてプランターに10個の種を植えたのが9月半ばだったでしょうか。
発芽までに2カ月ほど、首を長くして待ち続けました。
発芽の日がわたしの長女の誕生日と同じ日付だったので、”バオバブ長女”と名付けて、格別な思いで育てました。
初顔合わせの時は、こんなかわいい発芽でした。
わずか3日でバオバブの双葉がしっかりしてきました。
それから1週間で本葉が出てきました。
ある程度大きくなったところで、コックのセイドゥおじさんの助言で、植木鉢に単独で植え替えました。鉢は、実演販売で買ってきたばかりの弥生時代の土器のような土瓶が我が家に転がっていたので、それに土を入れて祈りを込めて植えました。
百年、二百年生きる神木と言われるバオバブの命の始まりでした。
あと二年半しか、バオバブべべたち(バオバブ赤ちゃんたち。次々に発芽して六つ子になっていました)の傍にいてあげられないけど、ワガドゥグを離れるときに、ブルキナファソの大地に植え替えてあげてお別れしよう、と思いながら、大きくなれ~、大きくなれ~、と言いながら、気温が少し下がった夕暮れ時に水やりをしました。
これらは、わたしが突然の帰国となった2020年3月22日のアパートを出る直前に撮った写真です。
弥生式土器の水はけ具合がよかったのか、長女は特別にぐんぐん育って行きました。
このときにはもう丈は30㎝くらいになっていたでしょうか。まだ枝分かれはしていませんでした。(写真手前には他のバオバブの子どもたちの植木鉢が並んでいます。)
それが2か月ちょっとでこんなに大きくなっていました。
同じ写真ですけど、もう一度見てください。。
おまけに、引っ越し前の最後のアパートのベランダのバオバブのわたしの子どもたちの写真を載せましょう。
秘書の女性は、あなたの代わりに事務所のベランダでバオバブたちの世話をして待っていますよ、とこれらの写真たちを添えてメイルが送られてきました。
ありがとうジナボさん。
もう少ししたら必ずワガドゥグに戻って、最後はブルキナファソのサヘルの大地にわたしのバオバブの子どもたちを戻して帰ります。
百年、二百年、大地に根を張って神の木になる姿を想像します。
会社からの突然の命令でした。
コロナ禍でいまだワガドゥグへの商用便が飛ばない中、ワガドゥグに戻る目途がたたない。ワガドゥグに戻っても、コロナ禍のことを考えると、ホテル滞在のほうが安全でいつでも退避できる。
そういう会社の判断でアパートを引き払うことになりました。
5月初めから4週間の帰国休暇を取る予定が一ヶ月半ほど早まっただけで、ワガドゥグへ5月末に帰国する予定は変えないということから、荷物はそのままにして帰国したのでした。
3月の半ばまでは、ワガドゥグの暮らしは、テロ行為の恐怖のほうに比重がおかれるくらいにコロナウイルス騒動は全くありませんでした。
そして、半ば過ぎから瞬く間にブルキナファソの国にもコロナ禍が広がって行ったのでした。
引っ越しは、夫のプロジェクトの現地職員たちにお願いしました。
荷物はそのままにしてきたから、引っ越しは大変だったと思います。
写真を撮ってパソコンに送ってもらって、必要なもの、不要なもの、売りたいもの、そしてアパートの備品、と分けて行き、必要なものだけトランクと段ボール箱に詰めて夫の事務所に運び入れてもらいました。
わたしたち夫婦がいない中での引っ越しを逐一、報告しながら作業を進めてくれた現地の職員たちに感謝です。
本当は、ワガドゥグにいる友人たち、とてもおいしい料理を作ってくれたコックさんにも荷物の中から必要なものを選んでもらいたかったけど、そんな時間の余裕もないままの引っ越しでした。
オーダーした家具、冷凍庫などの電化製品などの大型荷物は職員たちに譲りました。
アパートのわたしたちが大切にした物たちが詰まった空間が消えてしまって、涙が溢れました。
そんな中で、わたしが事務所の秘書の女性にお願いしたことは、わたしのバオバブの子どもたちを2鉢だけでいいから事務所のベランダに運び入れて、わたしの代わりに世話をしてほしいということでした。
そして、かのじょから送られてきた写真たち。
わずか2か月でこんなに大きく育って!!!
びっくり感動でした。
2020.5.31.”バオバブ長女”と秘書の女性~アパートのベランダにて |
このバオバブの木は、2019年11月16日に初めて発芽したものです。
コックのセイドゥおじさんが買ってきたバオバブの果実の中から、種を取り出し乾燥させてプランターに10個の種を植えたのが9月半ばだったでしょうか。
発芽までに2カ月ほど、首を長くして待ち続けました。
発芽の日がわたしの長女の誕生日と同じ日付だったので、”バオバブ長女”と名付けて、格別な思いで育てました。
初顔合わせの時は、こんなかわいい発芽でした。
2019.11.16.プランターのシトロネールの右横にちょこんと発芽した! |
わずか3日でバオバブの双葉がしっかりしてきました。
2019.11.19.しっかりしたバオバブの双葉 |
それから1週間で本葉が出てきました。
2019.11.23.本葉が出てきたバオバブ長女の様子 |
ある程度大きくなったところで、コックのセイドゥおじさんの助言で、植木鉢に単独で植え替えました。鉢は、実演販売で買ってきたばかりの弥生時代の土器のような土瓶が我が家に転がっていたので、それに土を入れて祈りを込めて植えました。
百年、二百年生きる神木と言われるバオバブの命の始まりでした。
あと二年半しか、バオバブべべたち(バオバブ赤ちゃんたち。次々に発芽して六つ子になっていました)の傍にいてあげられないけど、ワガドゥグを離れるときに、ブルキナファソの大地に植え替えてあげてお別れしよう、と思いながら、大きくなれ~、大きくなれ~、と言いながら、気温が少し下がった夕暮れ時に水やりをしました。
これらは、わたしが突然の帰国となった2020年3月22日のアパートを出る直前に撮った写真です。
2020.3.22.ワガドゥグ出発着前のバオバブ長女 |
このときにはもう丈は30㎝くらいになっていたでしょうか。まだ枝分かれはしていませんでした。(写真手前には他のバオバブの子どもたちの植木鉢が並んでいます。)
それが2か月ちょっとでこんなに大きくなっていました。
同じ写真ですけど、もう一度見てください。。
2020.5.31.丈が倍以上に育ったバオバブ長女~ワガドゥグのベランダ |
おまけに、引っ越し前の最後のアパートのベランダのバオバブのわたしの子どもたちの写真を載せましょう。
2020.5.31.バオバブ長女以外のバオバブの大切な子どもたち |
秘書の女性は、あなたの代わりに事務所のベランダでバオバブたちの世話をして待っていますよ、とこれらの写真たちを添えてメイルが送られてきました。
ありがとうジナボさん。
もう少ししたら必ずワガドゥグに戻って、最後はブルキナファソのサヘルの大地にわたしのバオバブの子どもたちを戻して帰ります。
百年、二百年、大地に根を張って神の木になる姿を想像します。
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