2021年11月20日土曜日

ブルキナファソの国の布

 



これは、ブルキナファソ国民が国旗と同じくらいに大切にしているという、ブルキナファソの国を象徴する布地です。(以前にも書いていますが)
1983年にトーマス.サンカラが大統領に就任したときに国名をブルキナファソに変え、国旗を変え、そして、この布を国布としたと聞いています。
国の重要な会議があるときに国旗が飾られて、テーブルはこの布地で覆うのだそうです。
そして、大切なパーティが開催されるとき、ブルキナファソの女性たちはこの布地で身を包むのだとも聞きます。


こんな具合に日常の暮らしの中にもこの布地柄が入り込んで使われています。




ワガドゥグで有名なチョコレート屋さん、chef ANDREのカカオ100%の板チョコの包み紙にも。(っと思ったら、カカオ52%と書かれてた!)
ティッシュペーパーの箱にも!

赤、白、黒の3色は、この国を流れるボルタ川の3つの支流を意味するのだとか。
植民地時代に河川が重要な交通手段だったときに、便宜的な名称として、赤ボルタ、白ボルタ、黒ボルタと言われて、区別されていたのだそうです。
そして、白鳩は白い紙~メッセージが書かれた手紙 ~をくちばしにくわえています。
町の布地屋さんで、綿100%のもの、化繊の薄手のものを簡単に入手することができます。
最初の写真の布地は以前に買っておいた化繊のもので、柄に沿って切ってみたら、ちょうど腰巻によいサイズのものになりました。ということで、四方をちくちく祭り縫い。
エルメスのスカーフの仕上がりを思い出しつつ、手縫いでかがっていったら三日もかかってしまった。でも、集中できる時間が持てて幸せでした。
チョコレート屋さんの商品の陳列棚を見て、この布地を買って帰りたいーと言っていた日本のお兄さんにプレゼントしましょ。喜んでもらえるといいけどな。




2021年11月9日火曜日

11月8日の夕陽~我が家4階のアパートから

 


11月も1週間が過ぎました。
日本は日に日に気温が下がり、日没時間も早くなっていることでしょう。
九州で生まれ育ったわたしには、冬至のころの東京では午後4時半にはすっかり陽が沈んで”町全体が夜”だということに馴染めないものがありました。
夕方5時前に陽が沈む、なんて信じられないことでした。(調べると今日の福岡の日没時間は17時20分だそうです。さらに東京の日没時間はというと16時39分!寂しい秋の夕暮れですね。)

ではワガドゥグの日の入りはどうかというと、北緯12度20分と北半球に位置しているので、東京ほどではないにしても冬至に向かって日没時間は少しずつ早くなっています。

上の写真は、昨日11月8日、17:30に我が家のアパート4階からわたしの携帯で撮影したものです。
肉眼では、もう少し太陽が大きく見えるのですが、携帯ではこれが精一杯でした。
頭の中では、赤道上の都市では1年じゅう朝6時日の出、夕方6時に日の入りと考えるところですが、ワガドゥグは北緯12度と少しなので11月ともなれば、日没は夕方5時半過ぎとなるのはわかります。たしか、夏至の頃は、夕方6時半まで明るかったはずです。

雨季が終わってまだ半月ほどなので、空気もそんなによごれていないのか、夕陽もきれいに見えます。
それが、年が明けた頃になると夕陽はぼやっと霞んでみえます。サハラ砂漠からの風、ハルマッタンが吹き始めるともう太陽は薄らぼんやり。光はオレンジ色から鈍い白色に変わります。

そんな常夏のアフリカにもちゃんと季節は巡っています。
ワガドゥグでは、市場や道端で売られる果物を見ると、ああ季節が替わったのだと思い知らされます。
そろそろ、大きくてまん丸いけど縞模様のないスイカが出回り始めました。隣国ベナンからはパイナップルが届き始めました。年が明けて2月、3月になると苺が金盥に山盛りになって売られる季節です。苺というと熱帯フルーツのイメージではないのですが、ワガドゥグ近郊では苺栽培がさかんです。

果物で季節を知るっていいですね。

2021年11月3日水曜日

生さださん、ありがとう!

 完全に乾季に移行したワガドゥグからこんにちは。


雨が降らなくなって、10日くらい経ちます。
それと同時に・・なのかな、電圧の振れ幅が大きく不安定で、毎日停電が起こって、振り回されて少々へこたれ気味です。
部屋のヤモリ、”ゲッコ”(gecko)が、ちょろちょろと部屋のエアコンのあたりをうろついて、びっくり仰天させられますが、あれは害虫を食べてくれる良い虫なのだからと心で言い聞かせて、わが身を励ましてもいます。

最初は、キィキキキィーと聞こえる音は、電圧の激しい上がり下がりで電化製品が悲鳴を上げているのかと思っていたら、訪問客から、あれはゲッコの鳴き声ですよ・・・と。
ひぇー、気持ち悪い!
部屋の壁にゲッコのうんちがぶら下がっていたり。長くすじを引いて滴り落ちていたり。
でも、絶対に死ぬほど恐ろしいG虫より断然マシだ、と思って頑張ります!


さて、そんな気分も落ち込む日々の中で、10月30日放送のNHK生さださん番組の一番最初に、わたしの葉書をさださんが読んでくれる、というお祭り気分家庭内大盛り上がりの出来事がありました。(友人からの第一報がわたしのメイルに届いたのは、こちらの時間でちょうどおやつを食べている時間帯でした。)


(上の写真は、わたしが色鉛筆で手描きした絵葉書&カード2枚です。生さださんに送ったのは、左の家の絵でした。)

ブルキナファソの郵便機能がストップしている中、2週間ほど前に夫の会社の出張者が日本に帰国するというので、父や従兄や叔母たちへの手紙を日本で投函してもらうようにお願いし、その中に生さださん宛の葉書もこっそり忍ばせたのでした。

あまり動き回れないコロナ禍の状況で便箋も絵葉書も入手することが難しいので、手持ちの画用紙を葉書大に切って、色鉛筆で絵を描いて絵葉書にしました。時間がゆっくり流れるアフリカ生活の中で、この作業もまた楽しいものでした。

友人がわたしの葉書が読まれた部分だけを録音してメイルで送ってくれたので、その日のうちに聴くことができました。さださんがわたしの葉書を読んでくれるのを何度も何度も繰り返し聴きました。夫も傍で感動していました。


さださんが、「このかたの知らせてくれるお便りを通してブルキナファソという国が身近に感じられますね」、と言ってくれて嬉しかったなあ。
ブルキナファソから書いたわたしの葉書を読んでくれたのは。今回で4回目だったように思います。

わたしは夫にくっついてワガドゥグに滞在しているだけの一主婦なので国際援助などという大きなことはできませんが、はるか遠い日本の人たちにブルキナファソのことを知ってもらいたいと思うし、ブルキナファソの人たちにもわたしの国、日本のことを少しでも紹介したいなと思っています。

アフリカ生活でくたびれかけていたわたしに、とびっきりの栄養剤を届けてくれた生さださん、いつもありがとうございます!