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2021年1月4日月曜日

2021年こんにちは!

 東京から、新年おめでとうございます。

二年ぶりに迎える日本での正月。それもひとりぽっちでお屠蘇いただいて、雑煮とお節料理でひっそりだけど豊かな食卓にしました。
(とはいっても、すぐに息子が車で迎えに来てくれて、息子一家と昼、夜と賑やかな元旦の食卓を囲みました。)

さて、そんな元旦に一つの大きなスーツケースが東京の我が家に届きました。
たくさんのワガドゥグの空気を詰めて。

夫たちのプロジェクトのかたが休暇で一時帰国されるときに、厚意でスーツケース1つ分にわたし個人のものを夫が詰めて持ち帰ってくれたのでした。

ほら~!こんなに。




ワガドゥグのおしゃれな書店で購入した「西アフリカの鳥たち」という図鑑。
大切な大切な図鑑です。バンギでも、キンシャサでも、ワガドゥグでも、鳥たちを観るのがいちばんの楽しみでしたから。
この鳥図鑑を仲立ちにして、ワガドゥグの本屋の女性店員さんと仲良くなったことも懐かしく思い出されます。かのじょは店内に並んだ本のことをよく知っていました。

わたしの愛するイエネンガ姫が馬にまたがって闘う勇猛な像も大切なものです。これは、日本の狭いリビングに合わせて小ぶりの像を選ぼうと、町なかの混とんとした中央市場でやっと妥協して見つけて買いました。

神戸でアフリカ雑貨を扱うカフェを営むアキト君が買い付けで我が家に泊ったときにいただいたお土産のイエネンガ姫時代の木製椅子。わたしが、イエネンガ―、イエネンガー、と吹聴して回っていたので、この椅子を見つけたアキト君がわたしにと迷わずに買ってきてくれた木製椅子なのでした。

それから、ワガドゥグでの生活で愛用していたブルキナファソ産の籠バッグ大中小に、布バッグたち。

星模様のセカンドバッグは、わたしが週に一度、遊びに行っていたミチコ幼稚園の園長先生が、突然の帰国を決めて出発する日に届けてくれた大切な思い出のバッグです。

ピクニックやパーティーの時に活躍した、ホロホロチョウ柄のビニルコーティング大型バッグも入れてくれていました。

ファソダンファニというブルキナファソ独特の織物地もありました。これは、日本に持ち帰って、いつか着物の帯に仕立てたいと思って織物工房で選んでおいたものです。

落ち着いた音色でわたしを和ませてくれたアルトリコーダーとも嬉しい再会です。

それに、なんとワガドゥグでの日々の暮らしに彩を添えてくれた丸い取り皿も入っていました。
日本に帰国する時に持って帰りたいと夫に言っていたシンプルな6枚の皿です。アフリカ製ではないのですが、ワガドゥグのアフリカテックスというオシャレなインテリアショップで選んだものでした。

なんと、わたしがワガドゥグのアパートの引き出しに残してきたバオバブの種も見つけました!

アフリカ布地で包まれたカリテ(シアバター)の石鹸も3個入っていました。もちろんブルキナファソ製です。これは、夫からのわたしへのお年玉かな。

小物たちをしっかりガードしてくれたワガドゥグの日刊新聞まで、わたしにとっては宝物です。

ワガドゥグに置いてきた2足のゴルフシューズのうち1足が荷物の中に入っていました。
東京でもゴルフを続けなさいという夫からのメッセ―ジだと受け取りました。

今回で3度目の、ワガドゥグから届いた私物荷物でした。
1個目、2個目の荷物は、わたしが持ち込んでいた持病の薬たちと化粧品だけだったので、今回の荷物が初めての思い出の品の入った荷物たちでした。

プロジェクトの皆様に心からの感謝を伝えたいです。
少しずつ、ワガドゥグからわたしの荷物が日本の我が家に持ち運ばれていくけど、必ず、ワガドゥグに戻るからー。待っていてください。
良い年、2021年の始まりです。

2020年8月4日火曜日

身近なところにイエネンガ姫像!

梅雨がやっと開けた東京の空の下から書きます。

ブルキナファソに伝わるイエネンガ姫の物語は、ブルキナファソやガーナの北のほうの出身であればだれもが知っているはずです。
イエネンガは、ブルキナファソの最大部族・モシ族の初代王であるウェドラオゴの実の母親であり、若い頃は弓槍使いの名人で馬にまたがり果敢に父親を助けて祖国のために戦った美しい姫だったのです。

わたしが持っているガーナの出版社から出たイエネンガ姫の絵本の表紙には、イエネンガが愛馬にまたがって雄々しく戦う姿が描かれています。






イエネンガ姫は、女だてらに馬に乗って弓、槍を自由に操り、父親の片腕として、林立する王国と戦って自国の勢力を伸ばしていったと言われています。
細くて美しい姫だったと言われて、今も、ブルキナファソやガーナ北部で尊敬され続けています。

ワガドゥグ市内の中心地に建つイエネンガ像は、ちょっとデッサンが狂っていていただけません。イメージが下がってしまいますので、代わりにわたしがイメージするイエネンガ姫のイラストを見つけましたのでこれを。





イエネンガは、ちょうど日本の戦国時代と同じ時期に生きた女性だったと思われます。15世紀のころだったのでしょうか。ブルキナファソの学校の歴史の教科書にも載っています。
フランスのジャンヌ・ダルクも15世紀の戦う女性でした。
わたしは、まさにイエネンガはジャンヌ・ダルクのようなイメージでとらえているのかもしれません。

ブルキナファソのナショナルサッカーチームの名前は、”Les Etalons”(エタロン)。
これは、もともと、フランス語で「種牡馬」という意味ですが、勇敢なイエネンガの愛馬から命名されたものだと聞きます。

また、1969年からブルキナファソの首都のワガドゥグで2年に一度、開催される映画祭、”FESPACO”でグランプリを獲得した監督に与えられるトロフィーは、馬にまたがって雄々しく戦う、ゴールドのイエネンガ姫像なのだそうです。




これがフェスパコ映画祭グランプリ賞のゴールドトロフィーです。雄々しいイエネンガ像ですね。

こんな愛馬にまたがるイエネンガ姫の像が欲しくて、日本の我が家にも違和感なく収まる小振りのものを探し回りました。




ワガドゥグのグランマルシェの一角に真鍮の像ばかりを売る店が立ち並ぶコーナーがあると聞き、我が家の運転手についてきてもらって2019年9月に購入して、ずっとワガドゥグの我が家のリビングに飾っていました。

そのアパートも今年5月末で引き上げることになり、夫のプロジェクトの現地スタッフがわたしたちが残してきた荷物をまとめて事務所へ運び入れてくれたので、きっとその荷物の中にこのイエネンガ像はあるはずです。
いつか日本の我が家に持って帰りたい大切な思い出のイエネンガ像です。

わたしが愛してやまないイエネンガ姫。
ワガドゥグから戻ってきて、わたしたちの住む赤羽の住宅地の公園の中にイエネンガ姫が愛馬にまたがる像とそっくりのものを見つけたのです。それは大きな青銅の像でした。
後日、夫を連れて観に行き、二人で感動したのでした。



この像が建立された来歴も作者名も公園内に記されていません。
なぜ、赤羽の公園に愛馬にまたがる女性像が建っているのでしょう。
なぜ女性だと決めつけるのか、って? 
この像、裸体で馬にまたがり、胸が膨らんでいるのです。

わたしはこの公園のそばを通るたびにイエネンガ姫像を見上げて、コロナ禍がおさまって、いつかワガドゥグに帰れますように、と祈るのでした。