ラベル 憩いの場 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 憩いの場 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2022年1月31日月曜日

さよなら、ワガドゥグの大たらい

 


わたしたちの足かけ3年のワガドゥグ暮らしは、バスタブの無い生活でした。
ときどき、無性に日本の湯船が恋しくなりました。
考えに考えた末にたどり着いた解決策は。
できるだけ大きい、深さのある”たらい”を探すことでした。
何件も、何件も金物屋を訪ね、ちょっとこじゃれた店から、地元のよろずやっぽい店構えのところまで。友人に聞いては、ワガドゥグ市内、いたるところまで車を走らせて訪ね歩きました。
そして見つけたのが、上の写真の緑のプラスティック製の大たらいでした。
たて膝ついてもいいから、すっぽりと体が湯に浸かるサイズのものを、という一心で探し回りました。
そして、この容積100リットルのものを自宅アパートに持ち帰ったのでした。




大たらいのふち上に100までの目盛りが見えます。
シャワー室の横にこの大たらいを置いて、熱めの湯を張って、横で頭と体を洗って、ドボンとたらいに身を沈めたときの幸福感ったらありませんでした!

たしかに、体を縮こまらせて入らなきゃならなかったけど。それでも、幸せ感たっぷり。からだじゅうが温まって心がゆったりほぐれるのでした。


あれだけ苦労して探しまくった大たらいだったのに、夫は、ベナンへ車を移動するという任務を持って出発するプロジェクトの運転手のところに(彼の出発前に)譲ることにしたと言ってきました。(勝手に決める夫に怒りましたが、それはもう毎度のこと。しっかし悲しかったな。)
1月22日で入り納めだと夫から言い渡されたのでした。
わたしたちのワガドゥグ生活はまだ2週間以上あるというのに!、です。

わたしは、前日の21日から濃厚接触者(夫のコロナ!)の身分で2度目の発熱で寝込んでいたところでした。
でも!!!
最後に、このみどりの大たらいに入りたい!!!
入りながらたらいにお別れを言いたい!!!!!
その一心で、湯を張ってたらいに身を沈めてさよならを言いました。
そして、リビングの明るいところに持ってきて、最後の記念撮影、パシャリ!

※ 余談ですが、その後のわたし・・・。翌日23日に38度の発熱で再ダウン。クーデター発生直前の不穏な雰囲気漂う町なかをコロナの疑い濃厚、ということで車で病院に行ったのでした。デング熱もマラリアもコロナ抗原検査も陰性で拍子抜けしましたが、クーデター発生後の自宅待機期間中、ずっとわたしは床に臥せってゴホゴホと咳をしまくっていました。





はい、記念撮影です。
どれだけ、わたしはこのたらいで救われたことか・・・。
1月22日に運転手の家にもらわれていった大たらい。
さようなら。
ありがとうー!!!!!

2022年1月5日水曜日

ワガドゥグ中心地に立つクリスマスツリー・イルミネーションの夜景

 


2022年も5日目となりました。
日本では、クリスマスが終わったとたんにクリスマスの飾りは取り外されてお正月飾りに変わってしまいますが、アフリカでは欧米と同じように1月いっぱい、町なかでも家庭内でもクリスマス飾りはそのままのようです。(もちろん、お店や路上でのクリスマス用品の販売は影を潜めますが)イエス様が生まれて1か月間はお祝い気分は続くのでしょう。

上の写真の大きなクリスマスツリーは、毎年クリスマスが近づくとワガドゥグの中心地クルバ地区の大きなロータリーに立つのですが、わたしは一度もイルミネーションが灯った夜景を見たことがありませんでした。
中心地から離れた住宅街のワガ2000地区に住んでいるわたしたちには、夜にクルバの方面に出かけることはまずありませんし、2019年にこちらに来たときは、何度か起こったISテロの事件の影を引きずって、夜8時以降の外出を禁止されていました。

昨年12月に夫の事務所の秘書の女性と買い出しに出かけたときに見かけたこのクリスマスツリーは暑い太陽の下でこんな様子でした。
遠景です。



その電飾クリスマスツリーに近づくと、ツリーの中に鳥を掲げ持つ少女の立像を見つけました。平和の象徴の白鳩でしょう。

傍まで寄って見つけたこの少女像には感動しましたが、遠景での昼間のクリスマスツリーは味気ないものでした。その時に事務所の女性が、夕方ライトアップされるときれいなのだと説明してくれました。夜景の写真を撮って送るわね、と約束してくれたのです。
そして、年末年始の休暇が終わった昨日、冒頭の点灯されたツリーの写真をかのじょが送ってきてくれたのです。
ブルー一色に輝く写真も撮って送ってくれました。



わたし自身の目では、このイルミネーションを観ることはできなかったけど、事務員の女性の温かい配慮に感謝したのでした。
このイルミネーションツリーは1月いっぱいは観られるということです。

明日1月6日は、ベツレヘムを訪れた東方の三賢人たちがイエス様を神の申し子として見い出したとされる広現祭です。
キリスト教の国では、”ガレット・デ・ロワ”というパイ生地の丸いお菓子に陶器製の小さなフェーブをしのばせて切り分けて、そのフェーブが自分の切り分けられた小片に入っていたら、その日1日中、王冠をかぶって王様や女王様になれるという楽しいパーティーが行われます。
娘一家はそのフェーブを集めていて、それがとてもかわいいのです。
わたしも真似をして収集するようになりました。この行事は1月いっぱい続くと聞きますが、ワガドゥグにある2軒だけのケーキ屋さんにも果たして、”ガレット・デ・ロワ”を見つけることができるでしょうか。

2021年10月18日月曜日

第27回FESPACOワガドゥグ全アフリカ映画祭~ブルキナべたちのお祭りの楽しみかた

 


今日は、FESPACO~ワガドゥグ・アフリカ映画祭~2日目でした。
外国人のわたしたちが普通に過ごした週末は、町なかで特に大騒ぎをしている光景に出会いませんでしたが、夫の事務所の秘書の女性から、そして、ブルキナファソに長く暮らす日本人の女性から聞く一般庶民のFESPACO開催期間の楽しみかたというものがわたしの小さい頃の思い出と重なって、真相が薄らぼんやりと見えてきたように思います。

もちろん上映映画のスケジュール(上映場所、日時)は前もって新聞などで公表されると聞くし、長編映画、短編映画、アニメ映画、ドキュメンタリー映画によって入場料は異なり、当日売り出されるという入場券は1000フラン、1500フラン(日本円に換算すると約200円、300円だけど、ここではもっと高価に感じます)と聞きます。私が買った入場券は1000フランでした。どれも一般庶民にとっては購入するには少し躊躇する金額だと思われます。というのも、庶民が朝食のために町カフェでパンとコーヒーを注文して200フラン、昼食を町なかの大衆食堂で食べると水も含めて500フランでおなかいっぱい食べられるという話ですから。




せいぜい映画を鑑賞するにしても吟味して選んだ一作品、あるいはそれさえもできない庶民のほうが多いように思えます。周囲に人に訊いてみると、FESPACO開催中は庶民たちは一回は映画館に足を運ぶくらいかなということです。でも、FESPACOが終わると、映画館に行くことはないかなあと言っていました。しばらくすると、テレビで観られるからね、とも話していました。
それでも、アフリカ映画祭がワガドゥグの町で誕生して50年を超える歴史を持つ祭典だということを考えたら、そして、市内にいくつもの立派な映画館を抱えていることを考えたら、ブルキナファソ人の映画に対する思いも特別なものがあるのかもしれません。

事務所の秘書の女性は、小さいころ、映画祭開催期間中は学校が昼で終わり(普段は朝7時半から17時くらいまで授業があったのだそうです)、家族で、あるいは友人たちと映画祭会場に行くのを楽しみしていたと言うのです。
子ども向けの映画は15時から、16時からと早い時間帯に上映されていたのだそうです。
もちろん、映画を観るという楽しみもあったけれど、家族や友人たちと、映画館周辺に立ついろんな露店を見て回って、食べたり、買い物をしたり、ただ歩き回って遊ぶだけでも楽しかった、と話していました。
今も、映画祭期間中は学校が半ドンだと聞きました。

そんな話を聞いて、わたしの小さい頃のことと重なって、とても懐かしくなったのでした。 
わたしの故郷、北九州市八幡の町は、毎年11月の初めに「起業祭」というお祭りがあって、学校は(確か)土日を挟んで3日間ほど休みになりました。
小学生の頃は、そのお祭りの意味も分からず、漢字でどう書くのかも考えもしないで、キギョウサイ、きぎょうさい、とつぶやきながら胸が高鳴ったものです。
本来の意味は、八幡製鉄所の溶鉱炉の火が点火された起業の日を祝う祭り、だったのです。
その起業の祝いの一環として、鉄が作られていく大規模工場が一般に公開されて見学に行った記憶があります。そして、体育館での記念式典にも足を踏み入れたこともあります。
それはわたしにとって退屈なものでした。
そんなことよりも、工場や式典から出てきた後に、メイン会場の八幡製鉄所体育館周辺に立ち並ぶ露店を見て回って買い食いする楽しみが、わたしたち子どもにとっての(そして多分、大人たちにとっても)楽しいきぎょうさい、きぎょう祭、だったのだなあとしみじみ思い返します。起業のお祝いなのだから、家族総出でメイン会場周辺に繰り出して祝って楽しんで、というのもアリなのでしょう。小さなピンクのプラスティックのままごと道具、セルロイドのお面、ヨーヨー、綿菓子、たこ焼き。11月に入ったとたんに空がどんより曇ってあられ模様になった玄界灘に面する八幡の町に暮らすわたしたちの大きな楽しみのイベントでした。

ここの人たちも、わたしの起業祭に対するのと同じような視点~アフリカ映画作品が上映されて讃えられる映画の祭典、というより、フェスパコ祭りという視点~で、上映会場周辺に立つ露店を回って祭りを楽しむものなのかもしれません。

アフリカ映画がますます注目されるようになり、ワガドゥグというこの地で繰り広げられるであろう映画商談会のほうも盛況でありますように。

皆さんにはコロナ感染対策面もそれからテロのこともしっかり考えて行動していただけたらと思いますが、ワガドゥグでは無理なのかもな。



2021年2月26日金曜日

土曜日のイタリアレストラン庭のビオマルシェ

 今日も、東京からです。

わたしたちの住むアパートのあった地区は、ワガ2000という新興住宅地で、各国の大使館、大使公邸が集まる場所です。まだちょっと空き地は目立ちますが、レストランもジムも、タイマッサージのサロンまであります。

そこの中心あたりに庭も広い、イタリア料理のレストラン”Rosa Del Venti"があり、毎週金曜の夜でしたか、静かに奏でられる生バンドの演奏を聴きながら、プールサイドでキャンドルと月の光の中で美味しい料理を楽しむこともできました。
そして、毎週土曜日の朝は、その庭に自然の食料品が並ぶ市が立ち、わたしはアパートから5分ほど歩いて自然食品市~Bio marché、ビオマルシェ~に行くのを楽しみにしていました。
無農薬栽培のみずみずしい野菜、ケンケリバ、モリンガやシトロネールなどの茶葉、ハイビスカスの花、ミントの葉などの乾物、そして、バオバブのオイル、石鹸が並びます。
フランス人のムッシュが作るチーズも並んでいて、その横には、ブルキナファソの街を写したかれの立派な写真集の本も置かれています。
客は、それぞれにブルキナファソ名産のパニエpanierを手にして品定めをしておしゃべりを楽しんでいます。

ビオマルシェの紙袋もオシャレです。



一通り見て回ったあとの楽しみは、パイヨットでそよそよと吹く風も心地よく、レストラン手作りのできたてクロワッサン、パン・オ・ショコラ、パン・オ・レザンと共にカフェ・オ・レで一服することでした。
パンはどれもふかふか。そして小ぶりなところもうれしいのです。
惜しいことにカフェのミルクはブルキナファソの人たちが好むミルクパウダーですが、それもまた、美味しいふかふかパンと一緒なら許せるのでした。


わたしがワガ2000のアパートを去ってからちょうど11か月です。
今も、あのビオマルシェは続いているのかな。
目をつぶると、鮮やかにあの時の光景、空気がよみがえってきます。
懐かしいな。
そう思っていたら、先月、ワガ2000の自宅に戻った友人から、写真と共に"ビオマルシェ、ケンザイ”の便りが届きました。





この写真たちは、友人から送られてきたものです。
このマルシェにも絶対また行かなくちゃ。