2021年2月28日日曜日

ワガドゥグの苺の季節到来

今日も東京から更新します。

ワガドゥグの夫から、苺の画像が送られてきました。
イタリア料理レストランの土曜BIOマルシェで買ってきた苺だぞと自慢げに。
これです。



山盛り1パック。これで約600円だということです。
画像でみる限り、苺に傷みもあまりないようです。

ワガドゥグでは1月から3月まで、路上で苺を売る人を多く見かけます。
山盛りで頭に載せて炎天下を売り歩くうちに、苺はくったりしてきます。
大きなパラソルの下でも、苺たちは金だらいに山盛り積み上げて売られているから、重みと暑さでやっぱりくったりしています。これでは、商品価値は下がります。
どうにか新鮮な苺のまま、お客さんの手に渡る方法はないかなあ、と思います。
ワガドゥグの苺はやや小ぶりだけど、美味しいのですがね。

そうこうするうちに電話で苺を注文して産地直送で届けてもらえることを知りました。
苺を郊外で作る青年が、夕方に畑仕事を終えてからバイクで30分かけて我が家まで運んできてくれていました。昨年の話です。
青年に、苺を重ねて運ぶと苺が傷んでしまうから、苺を重ねないこと、スポンジなどのクッションで苺を保護することを青年に提案したものです。
昨年3月末にわたしが日本に帰国してから、わたしは日本のスーパーに並ぶパッケージに入った苺の写真を青年に送ったりもしたのですが、かれは今どうしているでしょう。

一生懸命にイチゴ栽培をするブルキナファソの人たちの苦労が報われるといいのにな。
かれらの苺をどうにか輸出できたらいいのになあと思ったりします。
ジャムにするか、苺ジュースにして輸出するしか方法はないのでしょうか。
やっぱり、ブルキナファソから日本は遠すぎますね。

2021年2月26日金曜日

土曜日のイタリアレストラン庭のビオマルシェ

 今日も、東京からです。

わたしたちの住むアパートのあった地区は、ワガ2000という新興住宅地で、各国の大使館、大使公邸が集まる場所です。まだちょっと空き地は目立ちますが、レストランもジムも、タイマッサージのサロンまであります。

そこの中心あたりに庭も広い、イタリア料理のレストラン”Rosa Del Venti"があり、毎週金曜の夜でしたか、静かに奏でられる生バンドの演奏を聴きながら、プールサイドでキャンドルと月の光の中で美味しい料理を楽しむこともできました。
そして、毎週土曜日の朝は、その庭に自然の食料品が並ぶ市が立ち、わたしはアパートから5分ほど歩いて自然食品市~Bio marché、ビオマルシェ~に行くのを楽しみにしていました。
無農薬栽培のみずみずしい野菜、ケンケリバ、モリンガやシトロネールなどの茶葉、ハイビスカスの花、ミントの葉などの乾物、そして、バオバブのオイル、石鹸が並びます。
フランス人のムッシュが作るチーズも並んでいて、その横には、ブルキナファソの街を写したかれの立派な写真集の本も置かれています。
客は、それぞれにブルキナファソ名産のパニエpanierを手にして品定めをしておしゃべりを楽しんでいます。

ビオマルシェの紙袋もオシャレです。



一通り見て回ったあとの楽しみは、パイヨットでそよそよと吹く風も心地よく、レストラン手作りのできたてクロワッサン、パン・オ・ショコラ、パン・オ・レザンと共にカフェ・オ・レで一服することでした。
パンはどれもふかふか。そして小ぶりなところもうれしいのです。
惜しいことにカフェのミルクはブルキナファソの人たちが好むミルクパウダーですが、それもまた、美味しいふかふかパンと一緒なら許せるのでした。


わたしがワガ2000のアパートを去ってからちょうど11か月です。
今も、あのビオマルシェは続いているのかな。
目をつぶると、鮮やかにあの時の光景、空気がよみがえってきます。
懐かしいな。
そう思っていたら、先月、ワガ2000の自宅に戻った友人から、写真と共に"ビオマルシェ、ケンザイ”の便りが届きました。





この写真たちは、友人から送られてきたものです。
このマルシェにも絶対また行かなくちゃ。

2021年1月22日金曜日

ブルキナファソの健康茶

 今日も東京からです。
2021年が明けてもう3週間が過ぎました。
冬至から1か月が経ち、日の入り時間もずいぶん延びて、それだけで幸せ感が広がります。

そして、コロナ騒動で緊急帰国してもうすぐ10か月が経つのだということにも驚くやら、寂しくなるやら・・。

日本に帰って来てからも、ブルキナファソから持って帰ってきた健康茶を飲んでホッと一息ついています。

以前にも書きましたが、アフリカはどこに行っても、その土地で愛飲されるお茶があるのだなと感じます。
ケニヤでは、生姜たっぷりの温かい紅茶がポピュラーだったのを思い出します。
コンゴ民主共和国のキンシャサのスーパーのお茶葉コーナーの棚の前で、恰幅の良いアフリカのムッシュが、棚に並ぶありったけの生姜入り紅茶パックの箱を買い物かごに入れるのを見て、わたしが驚いていたら、マダ~ム!わたしはコンゴ人ではないのですがね。生姜は体に良いのだよ。覚えておくといいですよ~、という面持ちでとくとくと生姜の効能を説くのでした。(チンプンカンプンでしたけど。)
中央アフリカ共和国のバンギでは、ベランダの発泡スチロールの箱に我が家のボーイさんが
シトロネール(レモングラス)を植えてくれて、これは家の周りに植えておくと蚊除けになるし、煎じると体の毒素を出してくれて香りのよいお茶として飲めますよと、よくこの葉をたわしのように丸めて結んで煎じてくれたものです。きれいな明るい黄色のお茶でした。
キンシャサではまた、おしゃべりの好きな家政婦さんが、かのじょの家の食卓にはいつもシトロネールのお茶とブルグツゥのお茶を常備していて、家族じゅうで飲んでいると絶賛するので、我が家でもそのブルグツゥの葉のお茶が加わりました。
ちょっとスーッとするハッカ入りのほうじ茶という感じでした。夫はそのお茶を飲むと胃の調子がいいと言ってよく飲んでいました。家政婦さんが言うには、ブルグツゥの乾燥葉はかのじょの故郷のバコンゴ(コンゴの南部)のほうから来ていて、庶民の中央市場でしか買えないというので、家政婦さんに買ってきてもらっていました。値段はもう忘れましたが、驚くほど安かったです。庶民の日常の健康茶ですから。
そして、ブルキナファソのワガドゥグで、夫がブルグツゥの葉を見つけたと喜び勇んで買ってきました。ワガドゥグなど西アフリカ一帯でとてもポピュラーな「ケンケリバ~Kinkeliba」とよばれる乾燥茶葉でした。果たしてブルグツゥとケンケリバが同じ茶葉かどうかは定かではありませんが(乾燥茶葉ですから)、見た目も味も確かに似ていました。
わたしたちが暮らしたり訪れたアフリカの国では、どこも生姜はよくお茶にも使われる食材でした。
南アフリカ共和国といえば、カフェインと言われるルイボスティーです。日本でも多くの愛飲家がいます。

そんなこんなで、わたしは訪れる国で庶民が飲むお茶にまず目が行きました。
ワガドゥグでは、スーパーに行くと立派に包装されて商品棚に並べられています。
わたしたちのアパートがあったワガ2000地区の通称ワガタワーとよばれる塔の立つ丸い交差点のそば、日本大使館寄りのところに、コンテナを利用した健康食品を扱う小さな店がありました。
茶葉はもちろん、モリンガの葉っぱの粉、バオバブの実の粉、ハイビスカス、生姜、ミントなどの乾燥食品も豊富で、ブルキナファソ人が採取地にこだわる蜂蜜、カリテバターのクリーム、石鹸、バオバブのボディクリームに石鹸などなど自然素材の商品が並んで、行くと必ず楽しい発見があるとても清潔な店でした。

そこの女主人のお勧めがこの健康茶でした。




不織布に包まれたパックになっています。
れっきとしたブルキナファソのワガドゥグで生産された商品です。
パッケージも洗練されています。


ワガドゥグの製造所の住所が記載されて、この茶葉シリーズには6種類あるとPRも忘れません。
"Infusion"とは、フランス語で煎じ薬、煎じるお茶という意味です。

含有物は、フランス語と英語でパッケージに表示されています。




*Kinkeliba; ケンケリバの葉
*Ginger; 生姜
*Clove; クローブ,丁子(チョウジ)

この煎じ茶にはケンケリバ、生姜、クローブの3つの茶葉、ハーブがブレンドされているということです。

調べてみると、ケンケリバの茶葉は西アフリカでは最も有名なもので驚きの効能を持ちながらも、西アフリカ以外ではあまり知名度がないお茶だと書かれています。
現地の人たちは、体の毒素を出してくれるから、風邪を引いた時にも、マラリアの時にも、皮膚のトラブルのときにもいいのだと言います。
でも、妊婦さんは飲まないようと付け加えます。胎児までも体外に出してしまうからね、と聞きました。
生姜は日本でもよく知られていて、体を温めると言われて、風邪っぽいときなどに生姜湯を飲んで体を温めたりします。
クローブClove,というと肉料理などに使われる香辛料だと思われるでしょうが、効能書きには、「生薬”丁子”(チョウジ)としても知られていて、体の内部の冷えから来る不調に対する処方に使われる。その作用は「温中降逆」と言って、胃腸を温め、上がった気を下方に納めるもの。冷えによる腹痛、消化不良、しゃっくりなどに対する漢方処方に使われる。」という効能書きを見つけました。気分が落ち着くというのはいいですね。

味は、ショウガ入りほうじ茶、と言ったところでしょうか。
せんべいや和菓子ととても合います。
昨日遊びに来てくれた友人にもあんこの和菓子と熱めのお茶を勧めると、美味しい美味しいと言ってくれて、3杯お代わりしてくれました。

わたしは、1パックを沸騰した600㎖ほどの湯に入れて火を弱めて10分ほど煎じます。
香りが部屋じゅうにあふれて、わたしは好きなのですが、みなさんはどうでしょう。
このお茶のパッケージにはやはり、妊婦と授乳中の女性、それに2歳以下の子どもは飲まないようにと注意書きも載っています。

日本にも、いろんな健康茶があることを思い出します。
どくだみ茶、柿の葉茶、琵琶の葉茶、桑の葉茶、よもぎ茶などが即座に頭に浮かびます。
どれも乾燥させた葉です。
その土地で育まれたお茶は、そこに生きる人たちの体のつくりと環境にぴったり合っていると言えそうです。そんな土地独特のお茶を大切にしていきたいものです。



2021年1月4日月曜日

2021年こんにちは!

 東京から、新年おめでとうございます。

二年ぶりに迎える日本での正月。それもひとりぽっちでお屠蘇いただいて、雑煮とお節料理でひっそりだけど豊かな食卓にしました。
(とはいっても、すぐに息子が車で迎えに来てくれて、息子一家と昼、夜と賑やかな元旦の食卓を囲みました。)

さて、そんな元旦に一つの大きなスーツケースが東京の我が家に届きました。
たくさんのワガドゥグの空気を詰めて。

夫たちのプロジェクトのかたが休暇で一時帰国されるときに、厚意でスーツケース1つ分にわたし個人のものを夫が詰めて持ち帰ってくれたのでした。

ほら~!こんなに。




ワガドゥグのおしゃれな書店で購入した「西アフリカの鳥たち」という図鑑。
大切な大切な図鑑です。バンギでも、キンシャサでも、ワガドゥグでも、鳥たちを観るのがいちばんの楽しみでしたから。
この鳥図鑑を仲立ちにして、ワガドゥグの本屋の女性店員さんと仲良くなったことも懐かしく思い出されます。かのじょは店内に並んだ本のことをよく知っていました。

わたしの愛するイエネンガ姫が馬にまたがって闘う勇猛な像も大切なものです。これは、日本の狭いリビングに合わせて小ぶりの像を選ぼうと、町なかの混とんとした中央市場でやっと妥協して見つけて買いました。

神戸でアフリカ雑貨を扱うカフェを営むアキト君が買い付けで我が家に泊ったときにいただいたお土産のイエネンガ姫時代の木製椅子。わたしが、イエネンガ―、イエネンガー、と吹聴して回っていたので、この椅子を見つけたアキト君がわたしにと迷わずに買ってきてくれた木製椅子なのでした。

それから、ワガドゥグでの生活で愛用していたブルキナファソ産の籠バッグ大中小に、布バッグたち。

星模様のセカンドバッグは、わたしが週に一度、遊びに行っていたミチコ幼稚園の園長先生が、突然の帰国を決めて出発する日に届けてくれた大切な思い出のバッグです。

ピクニックやパーティーの時に活躍した、ホロホロチョウ柄のビニルコーティング大型バッグも入れてくれていました。

ファソダンファニというブルキナファソ独特の織物地もありました。これは、日本に持ち帰って、いつか着物の帯に仕立てたいと思って織物工房で選んでおいたものです。

落ち着いた音色でわたしを和ませてくれたアルトリコーダーとも嬉しい再会です。

それに、なんとワガドゥグでの日々の暮らしに彩を添えてくれた丸い取り皿も入っていました。
日本に帰国する時に持って帰りたいと夫に言っていたシンプルな6枚の皿です。アフリカ製ではないのですが、ワガドゥグのアフリカテックスというオシャレなインテリアショップで選んだものでした。

なんと、わたしがワガドゥグのアパートの引き出しに残してきたバオバブの種も見つけました!

アフリカ布地で包まれたカリテ(シアバター)の石鹸も3個入っていました。もちろんブルキナファソ製です。これは、夫からのわたしへのお年玉かな。

小物たちをしっかりガードしてくれたワガドゥグの日刊新聞まで、わたしにとっては宝物です。

ワガドゥグに置いてきた2足のゴルフシューズのうち1足が荷物の中に入っていました。
東京でもゴルフを続けなさいという夫からのメッセ―ジだと受け取りました。

今回で3度目の、ワガドゥグから届いた私物荷物でした。
1個目、2個目の荷物は、わたしが持ち込んでいた持病の薬たちと化粧品だけだったので、今回の荷物が初めての思い出の品の入った荷物たちでした。

プロジェクトの皆様に心からの感謝を伝えたいです。
少しずつ、ワガドゥグからわたしの荷物が日本の我が家に持ち運ばれていくけど、必ず、ワガドゥグに戻るからー。待っていてください。
良い年、2021年の始まりです。

2020年11月30日月曜日

サンカラさんから受け継がれたブルキナファソの国布

 


”これは、国旗と並ぶくらいに国民から大切にされる、ブルキナファソの国の布なのです。”


ブルキナファソの誰もが口にする、”わたしたちの大切な国布”。
国際会議や儀式、祭りのときに必ず国旗とともに使われる布地だと言われます。

布地に使われる赤、白、黒の3色はブルキナファソの山地を水源とする赤ボルタ川、白ボルタ川、黒ボルタ川とよばれている3本の支流の色に由来していると聞きました。ガーナ国に入ると3本の川は1本に合流していますが、昔から陸路に代わる重要な交通網だった3本の河川に与えられた三つの色なのだそうです。
日本でも、国道3号線、とか7号線、とかで呼ばれるようなものかな。
フランスの植民地だった時に名付けられた便宜上の色分けだった、と聞くとちょっと寂しい気もします。
サンカラさんがこの国の大統領になった翌年1984年8月に、「オートボルタ」(1960年のフランスより独立した時の国名”Haute-Volta"、ボルタ川の上流の意)という意味の薄っぺらな国名を、「ブルキナファソ」("Burkina Faso",現地の言葉で”高潔な人々の国”という意味だそうです)という国名に変更したと聞きます。
国旗も、ボルタ川3支流の(上から)黒・白・赤の横3本線から、上が赤(社会主義を象徴)、下が緑(農業を象徴)、真ん中に黄色の星(革命を導く)を置いた国旗に変えたのでした。


国布の柄は、町なかで売られるティッシュ・ペーパーの外箱にも使われてよく目にします。



赤、白、黒の四角い模様の中に描かれた白鳩は口に手紙のようなものをくわえています。
平和へのメッセージをくわえてブルキナファソ国民に知らせているのだ、と聞きました。









わたしたちの国の布は、こんなふうに国際会議や儀式のときに使われて、国旗と同じくらい大切に思われているのだよ、と我が家の物知り運転手さんが送ってくれた画像です。

2020年11月1日日曜日

サンカラさんの命日は10月15日

 今回も、東京からの更新です。

10月15日は、現在もブルキナファソで絶大な人気を誇るトマス・サンカラの命日でした。
Thomas Sankara、サンカラさんは1983年8月4日にオートボルタ(現ブルキナファソ)の第5代大統領に33歳で就任し、1987年10月15日に、側近のコンパオレが企てたクーデターによって首都のワガドゥグで暗殺されています。
わずか4年2か月の短すぎる大統領在任期間でしたが、サンカラさんは、貧困と腐敗の一掃、教育と社会保障制度の改善、砂漠の緑化事業などを主な政策として、先進国からの援助に頼りすぎることを警戒して発展途上国から脱却するために多方面からの改革を推し進めて、”アフリカのチェ・ゲバラ”と呼ばれ、多くの国民の支持を獲得したと聞きます。
亡くなって33年経つ今もサンカラさんの人気は衰えることなく、かれの顔が描かれたグッズが多く町なかで売られています。

ワガドゥグ市内のバス停でトマス・サンカラのTシャツを着た男性(ネットサイトより)

昨年の10月15日、わたしはワガドゥグのCLIFという国際女性グループの企画で”日常生活のための市内見物”に参加していました。その企画者の一人は南アフリカ共和国出身の陽気な女性でした。かのじょは、サンカラさんのTシャツとかれの象徴であるえんじ色のベレー帽を身に着けて集合場所に現れたのです。
「今日は、われらがトマス・サンカラの命日です。南アフリカ共和国の元大統領ネルソン・マンデラとともにわたしたちにとって偉大なサンカラです。」
かのじょの一言は、サンカラさんはアフリカの人たちにとって尊敬される革命者のひとりだったのだと痛感したのでした。
確かに、サンカラさんの命日のその日、ワガドゥグの町なかでサンカラさん関連のグッズを身に着けた人々を多く見かけました。
サンカラさんは、国名を「高潔な人々の国」という意味の現地語を使って”Burkina Faso~ブルキナ・ファソ"に、そして国旗も独自のデザインに変えて、国民に自立心、自尊心を植え付けようとしたように思います。
それまでは、国名は"Haute-Volta~オートボルタ”でした。
「ボルタ川の上流」と言う地形上から名付けただけの、愛国心のかけらも感じられない国名を持たされ、また、ガーナ国境を出てボルタ川の上流で三つの支流(黒ボルタ川、白ボルタ川、赤ボルタ川という交通網としての便宜上の指標名とか)に分かれていて、その川の3色を横にしたものを国旗としていたのです。
新しいブルキナファソとしての国旗は、汎アフリカ色で構成されていて、赤と緑の旗地の中央に黄色の星がデザインされています。
赤は社会主義、緑は農業の象徴であり、星は革命を表しているのだそうです。

我が家のコックのセイドゥおじさんは、サンカラ氏が生きていたら、この国はしっかりした指導者の元で発展していただろうに、コンパオレの奴がサンカラ氏を暗殺して政権を握ってこの国をめちゃくちゃにしたのだ、とサンカラ氏のわずか4年ちょっとの大統領としての改革時代を懐かしがって悔やんでいたのを思い出します。

そんな大人気サンカラさんのカリスマ性を作った要素はほかにもあるようです。
新生ブルキナファソの国歌、「ある一夜」を作詞したのはサンカラさんです!
ギタリストとしての才能、スポーツマンとしてのカッコイイ姿、オートバイに対する深い造詣があることでも知られていたと聞きます。ブルキナファソは、馬を愛する国民性。そして、町じゅうにあふれるオートバイを理路整然と走る人々の姿は、もしかしたら、かれらの愛するイエネンガ姫からサンカラさんへと引き継がれた精神なのかもなあ、と私は思うのです。
サンカラさんは、民主主義を掲げつつも実際には権力の集中と軍部依存が進み、革命体制の組織化には失敗したとみられていますが、国連総会のために訪れたニューヨークのハーレム地区で演説するなど、かれの雄々しい行動は、民衆の心に熱く焼き付けられたのでしょう。

本当は、サンカラさんの命日10月15日に、このブログをアップしたかったのに、あれよあれよという間に11月になってしまいました。
わたしがコロナ騒ぎで帰国してなんと7か月が過ぎました。
夫がワガドゥグに戻ってもうすぐ1か月が経ちます。
わたしひとり日本で留守番ですが、夫が再びブルキナファソの友人たちと繋げてくれました。

2020年9月26日土曜日

東京バオバブを室内に入れました!

 今日も東京からの更新です。


「暑さ寒さも彼岸まで」の通り、東京は厳しい残暑も彼岸を過ぎた途端に急に肌寒くなりました。
今週はずっと雨模様だった東京の気温は、9月26日17時現在、21℃です。
最低気温が25℃を下回りましたから、東京の我が家のベランダ育ちのバオバブを今日、室内に移しました。




背丈33㎝。幹も少しずつ木らしく茶色に変化しつつある、かな。
3個植えたバオバブの種は、結局、一つの種からしか発芽しなかったけど、6月17日に種を蒔いて、7月4日に発芽して、3か月半でここまで大きく成長しました。
日本では、これから気温が日々下がっていきますが、東京バオバブがうまく越冬できるか、共に頑張りましょう。

ジブリ映画「となりのトトロ」でわたしの大好きな場面があります。
さつきとめいが、森で拾ったドングリの実を畑に植えたら、満月の夜に発芽して、一晩でドングリの若木がぐーん!、と成長していく場面です。



さつき、めいの姉妹の、そして木の持つ大きな生命力が感じられて、好きだなあ、この場面。
ぐんぐん、ぐんぐん!
ぐんぐん、ぐんぐん!
我が家の東京バオバブも元気に大きくなれー!!!

2020年8月24日月曜日

ブルキナファソ産の健康茶

 5か月前の今日、わたしはワガドゥグから一人、成田に到着しました。
あの時は、まだうすら寒かったのにな。わたしが帰国した途端に東京都のコロナ新規患者数が急増して緊急事態宣言が発表されて、ほとんど外出することのないまま、春が来て、梅雨になって日本中のあちこちで浸水被害が起こって、長い梅雨がやっと終わったかと思ったら猛暑がやってきました。
今度は、コロナ禍対策のためのマスク着用と、熱中症とのせめぎ合いでした。
新規コロナ患者数とともに発表される熱中症患者数の多さにはうんざりしました。

8月も下旬となり、日陰ではいくぶんひんやりとした空気に変わったかな。

今日も、東京から更新します。

帰国してからも、ワガドゥグから持ち帰ってきた各種のお茶とシアバターで癒されました。
夜寝る前に顔や首、手足にシアバターを塗りながらのマッサージで心身がほぐされたようでした。
毎朝煮だして作るブルキナファソ産のお茶は健康にも良いと言われて、体の内側から洗われるようでした。
キンシャサでは、乾燥の健康茶葉(ブルグツゥと言っていました。)は庶民の市場でのみ入手できるということで、家政婦のおばちゃんに買ってきてもらっていましたが、ワガドゥグでは、きれいに包装されてスーパーで売られていました。ティーパックになっているものもあって、成分を選べて楽しめました。

先日から煎じて飲んでいるお茶が、これまたおいしい!!!
Moringa+Kinkeriba(モリンガとケンケリバ)と書かれた茶葉です。確かに2種類の茶葉が入っています。飲んでスーッと感じるのは、ケンケリバからの成分です。モリンガとの調合具合が絶妙です。


パッケージには100%ナチュラル、と記され、防腐剤、添加物、化学物質、興奮剤無添加と表示されています。
煎じたお茶には、消化機能を助けたり、血の巡りを良くしたり、体内の毒素を取り除いたり、心臓血管の疾患の予防になる、と書かれています。
沸騰した湯1/4ℓに茶さじ2,3杯の茶葉を入れて、7~10分煎じ、茶こしで濾してから、砂糖、蜂蜜で、または何も入れないで飲むこと。
朝食の時、食後、そして就寝時に飲むことを勧める。自然そのものの”エクセレントな”味です、ですって。

ブルキナファソ産と書かれていて、パッケージにブルキナアソ国旗がはためいているのがなんだか”、わたしにはうれしいです。

そんなことが書かれて、最後に消費者相談サービスとして、電話、メイルアドレス、生産者までもが、しっかり表記されているのです。
100グラムで1250CF(日本円で300円弱)。
消費期限もしっかり明記されいます。
ビニールコーティングされたような紙パッケージは微生物によって分解されるもので作られているとも書かれていますよ。
しっかり、ごみ箱に捨てましょうマークだって掲示されています。丸ごと、地球環境に配慮されたお茶だと言えます。


すごい!パーフェクト!
あっぱれ!ブルキナファソ!


ワガドゥグには、こんなお茶、パックになったお茶がきれいな包装でお店に並んでいます。
自然食品だけを取り扱うお店も、今年に入ってワガ2000地区に開店しています。
やっぱり、ブルキナファソの人たちはすごい。


なのに、テロ集団が、北の国境、南の国境から入り込み、コロナウィルスの脅威ともダブルで闘わなければならないブルキナファソ。
がんばれー!
わたしは必ずワガドゥグに戻ります。


モリンガとケンケリバミックス茶葉


そのパッケージ裏の能書き





煎じて出来上がったモリンガ・ケンケリバ茶

2020年8月8日土曜日

赤羽育ちのバオバブと、ワガドゥグ育ちのバオバブと

 2020年7月3日、東京は赤羽ベランダ生まれのバオバブです。
6月17日に種を蒔いて、2週間かかってやっと一つだけ発芽しました。
ということで、今のところ一人っ子です。
今日8月8日撮影。身長20cmになりました。双葉がどういうわけか、しっかり残っています。
幹の部分は今のところ、緑色。
見かけは、まだ”草”っぽいです。


 

 変わって、こちらは、2019年11月16日ブルキナファソの首都ワガドゥグ生まれのバオバブ長女です。兄弟姉妹が確かあと5人。
昨日、夫のプロジェクトの秘書のお姉さんが写真に撮って送ってくれました。


先月、より大きな鉢に植え替えてもらってぐんぐん育ち、幹は茶色になって、すっかり”木”の様相です。
それでも、これがバオバブの若木だとは、誰も気づかないでしょう。

どちらのバオバブももっと大きくなって、大地に根を下ろして、百年も二百年も生きるバオバブの大木に育つのを、わたしは夢見ています。

ワガドゥグ育ちと、東京育ちだけど、あなたたちは、ブルキナファソの大きなバオバブの木に生った”Pain de singe”、おサルのパン~と現地の人たちからそう呼ばれるひとつの同じ実から生まれたきょうだいなのですよ。

大きく、大きく育ちますように。

2020年8月4日火曜日

身近なところにイエネンガ姫像!

梅雨がやっと開けた東京の空の下から書きます。

ブルキナファソに伝わるイエネンガ姫の物語は、ブルキナファソやガーナの北のほうの出身であればだれもが知っているはずです。
イエネンガは、ブルキナファソの最大部族・モシ族の初代王であるウェドラオゴの実の母親であり、若い頃は弓槍使いの名人で馬にまたがり果敢に父親を助けて祖国のために戦った美しい姫だったのです。

わたしが持っているガーナの出版社から出たイエネンガ姫の絵本の表紙には、イエネンガが愛馬にまたがって雄々しく戦う姿が描かれています。






イエネンガ姫は、女だてらに馬に乗って弓、槍を自由に操り、父親の片腕として、林立する王国と戦って自国の勢力を伸ばしていったと言われています。
細くて美しい姫だったと言われて、今も、ブルキナファソやガーナ北部で尊敬され続けています。

ワガドゥグ市内の中心地に建つイエネンガ像は、ちょっとデッサンが狂っていていただけません。イメージが下がってしまいますので、代わりにわたしがイメージするイエネンガ姫のイラストを見つけましたのでこれを。





イエネンガは、ちょうど日本の戦国時代と同じ時期に生きた女性だったと思われます。15世紀のころだったのでしょうか。ブルキナファソの学校の歴史の教科書にも載っています。
フランスのジャンヌ・ダルクも15世紀の戦う女性でした。
わたしは、まさにイエネンガはジャンヌ・ダルクのようなイメージでとらえているのかもしれません。

ブルキナファソのナショナルサッカーチームの名前は、”Les Etalons”(エタロン)。
これは、もともと、フランス語で「種牡馬」という意味ですが、勇敢なイエネンガの愛馬から命名されたものだと聞きます。

また、1969年からブルキナファソの首都のワガドゥグで2年に一度、開催される映画祭、”FESPACO”でグランプリを獲得した監督に与えられるトロフィーは、馬にまたがって雄々しく戦う、ゴールドのイエネンガ姫像なのだそうです。




これがフェスパコ映画祭グランプリ賞のゴールドトロフィーです。雄々しいイエネンガ像ですね。

こんな愛馬にまたがるイエネンガ姫の像が欲しくて、日本の我が家にも違和感なく収まる小振りのものを探し回りました。




ワガドゥグのグランマルシェの一角に真鍮の像ばかりを売る店が立ち並ぶコーナーがあると聞き、我が家の運転手についてきてもらって2019年9月に購入して、ずっとワガドゥグの我が家のリビングに飾っていました。

そのアパートも今年5月末で引き上げることになり、夫のプロジェクトの現地スタッフがわたしたちが残してきた荷物をまとめて事務所へ運び入れてくれたので、きっとその荷物の中にこのイエネンガ像はあるはずです。
いつか日本の我が家に持って帰りたい大切な思い出のイエネンガ像です。

わたしが愛してやまないイエネンガ姫。
ワガドゥグから戻ってきて、わたしたちの住む赤羽の住宅地の公園の中にイエネンガ姫が愛馬にまたがる像とそっくりのものを見つけたのです。それは大きな青銅の像でした。
後日、夫を連れて観に行き、二人で感動したのでした。



この像が建立された来歴も作者名も公園内に記されていません。
なぜ、赤羽の公園に愛馬にまたがる女性像が建っているのでしょう。
なぜ女性だと決めつけるのか、って? 
この像、裸体で馬にまたがり、胸が膨らんでいるのです。

わたしはこの公園のそばを通るたびにイエネンガ姫像を見上げて、コロナ禍がおさまって、いつかワガドゥグに帰れますように、と祈るのでした。