2020年3月9日月曜日

ワガドゥグのマスク事情

雨季の時以外、ワガドゥグでもマスクをしている人をよく見かけます。
ただし、バイクに乗っている人限定ですが。
しかもその人たちは、マスクはするのに、ヘルメットは装着しない、という、「頭隠して尻隠さず」のことわざをほうふつとさせる摩訶不思議な恰好でバイクにまたがっています。
喉や鼻より脳みそのほうが大切だと思うんだけどなあ・・・。

で、白いマスクは決して(断じて)見かけません!
黒いチェック柄や、赤いギンガムチェック柄といった色物ばかりです。


上がブルキナマスクで、下が日本の使い捨てマスク

土埃舞うサヘル地帯のワガドゥグの気候に合わせたのでしょうか。
裏側の肌が当たる面は、しっかり柔らかいコットンガーゼですが、真っ黒!
もし白いマスクだったら、すぐに土埃色に変色するでしょうから、理にかなっています。
立体的でしっかりした作りのマスクが、道端のあちこちでビニル袋に個別に入ってぶらぶらと吊り下がって売られていますから、かなりの需要があるとみえます。
一枚200フランなり!(日本円で約40円)

話は逸れますが、わたしのフランス語のブルキナべの先生が2011年の東北大震災後間もない頃に成田に到着した時、空港でだれもかれもが白いマスクをしてる光景を見て、やはり日本は危険極まりないのだと思って、航空券を即刻変更してそのままブルキナファソに戻ろうかと思ったくらい恐れおののいた、と笑って話してくれました。
ブルキナファソでは、白いマスクは医療従事者だけが使うものと言う認識があるのだそうです。
というわけで、ブルキナべの彼女には、成田空港で見かけた白いマスク装着の人たちは全員、医療関係者に思えて日本は怖ろしい状態にあると感じて逃げて帰りたくなった、ということです。(実態は季節的におそらく花粉アレルギーのためだったのかな?)

12月からついこの前までのハルマッタン吹きすさぶ時期には、強風と埃避けに(早朝の寒さ避けもあったかな)。
2月末からは、ハルマッタンも収まり乾燥激しい猛暑の時期に入って、喉の乾燥防止と埃避けというふうにマスク装着の目的がちょっと変わってきたように感じます。

わたしが夫のために選んだ上の白のドット織柄のマスクは夫には小さすぎて、引き出しに眠ったままです。わたしは黒いマスクをする気は今のところ、ないし。
でも、ちょうど一年前にワガドゥグに着いたころは、家の中でも車の中でも、寝るときにも喉の乾燥防止のために日本から持ってきた白マスクは離せませんでしたっけ。

ワガドゥグで買った黒地マスクの画像を見た娘は、ファソダンファニ織りのマスクだと勘違いしました。そうやって見ると、確かにこれはオシャレです。
わたしが気に入って以前に買ったファソダンファニ織布のバッグと並べてみると・・・。





確かに!
オシャレですね。
日本でも、白マスク一辺倒にしないで、バッグや靴などとコラボして楽しむのもいいのかも!


2020年3月8日日曜日

夫も暑気あたりに倒れる

この1週間ですっかり大気の様子が変わり、年間を通していちばん暑い季節が到来した模様です。

ハルマッタン吹き荒れる”霞んだ街”も終わり・・・ではなくて、ただハルマッタンの代わりに今度は乾燥で”土埃が舞い上がっている街”になりました。霞み具合が違ってきました。

前回、わたしの暑気あたりのことを書きましたが、いつも元気な夫が今週初め、とうとう暑気あたりにやられました。

月面様ゴルフ場を容赦なく照らす正午前の太陽

バイク走行のやたらに多いワガドゥグ市内の土埃舞う道路

夫は、今週の日曜日(3月1日)にゴルフコンペに参加中に変な虫に刺されてチクン、としたと思ったらプレイの終了間際から、左足ふくらはぎ下の猛烈な痛みが始まったというのです。
そのうち頭痛もしてきた、というので毒虫にやられて毒が脳みそまで到達したか、と翌朝、病院へ行ったのでした。
血液検査もして、単なる虫刺されだろうと医師に勇気づけられて、単純明快な夫は塗り薬と鎮痛剤ですぐに痛みも治まったと言って、午後からアスファルト工事が始まった太陽の照り付ける道路工事の現場へ向かったのでした。
すると、またまた帰宅して頭痛がする、めまいまでする…と言い始め、医療従事者のかたに電話で相談すると、熱中症ではないか、とのこと。
それが2日の月曜日の夕方のことでした。
それから丸っと1日半、ポカリスェット様飲み物で水分補給しエアコンの効いた寝室で寝まくった夫は、翌々日の4日(水曜日)朝には完全復活したのでした。

わたしは、いずれの暑気あたりの時も完全快復までに1週間近くかかったというのに!

でも、これから続く猛暑のワガドゥグ暮らしで、ここの暑さ(1年を通して言えるのでしょうが)を見くびってはいけない、というスローガンをわたしたちは叩き込まれました。
ブルキナファソに長く暮らすかたの話ですが、ブルキナファソの太陽の強さは相当なものらしいです。
PHは日本の8倍もあるのだそうです。
緑のほとんどないサヘル地帯にあり、鉄分を多く含んだ赤土は、太陽熱をのみ込んでその土熱と発熱は半端ないように感じます。
太陽光発電にぴったりの国だと思われますが、今のところ、どの国も手を伸ばしてきませんねぇ。

ガーナのアクラで黄熱病研究に明け暮れた野口英世さんは、研究室の窓から強い夕陽が入り込んでいるのに気づかず、体力を消耗して、ナイジェリアへ出張した時に発病し、アクラに戻って研究仲間の介護の甲斐もなく亡くなった、という話を漏れ聞きました。
(この話の実証性は、はて?ということです。)

本格的なワガドゥグの猛暑の季節が始まりました。

2020年2月29日土曜日

ワガドゥグ3度目の暑気あたり

熱中症~という言葉は、ちょっと響きが好きではないので、わたしは「暑気あたり」という言葉を使いましょうか。


カラカラに乾いた地面に太陽が照り付けるワガドゥグのゴルフ場~2020.2.28.

ワガドゥグに初めて足を踏み入れたのが昨年(2019年)の3月9日でした。
その時にはもうすでに暑さと乾燥の季節真っ只中で、町中に舞う埃と時差ぼけが加わって私の体調はボロボロ状態。
ゴルフ場に行ってみたら、月面のような地面むき出しのだだっ広いところで、車から降りた途端にもうじりじりと暑さが頭まで上ってきて、こんな気候の中で18ホールをプレイするなんて無理!!!っと強烈に思ったものでした。

町中の干上がったような空気に埃っぽさが加わり、ワガドゥグの町の光景は衝撃的でした。
わたしは1か月以上の間、喉をやられて咳が続いて全身が筋肉痛になったものです。
強い太陽光線に弱いわたしは、サングラスは今でも欠かせません。


そんなサへル地帯気候の中で暮らし、少し朝夜のひんやりした空気を感じ始めた10月。
ちょっと油断したわたしは、ゴルフを18ホール、休憩なしに回ったのでした。
そうしたら、最後の18ホールで気を失いかけ、それでも根性でプレイを終えたとん、その場にへたり込んでしまいました。心臓の鼓動は激しく、どうにか両腕を支えられて休憩テラスへたどり着き、ふさぎ込んでしまいました。
それから1週間、ベッドにへばりくっ付いて体内にこもった熱で悶えまくりました。
これが、初めての暑気あたり。

12月のいくらか気温が下がった時季でしたが、正午近くにハーフだけ回ったゴルフ場で第二回目の暑気あたりを起こしました。
9ホール目は途中でプレイを中止しましたが、やはり、1週間、体内から熱が出て行かずに、ベッド上でごろごろ。首や肩がガチンガチンになって一回目の暑気あたりの時と同様に、タイマッサージで体中に筋肉をほぐしてもらい、五苓散末という漢方を服用して、やっと快復。

そして、2月。乾季に入って4か月目。

朝日を浴びるワガタワーがハルマッタンで霞んでいる~2020.2月中旬夫撮影

ハルマッタンが吹いて、町中が霞み、じわじわと厳しい暑さを感じる季節になりました。
ワガドゥグ在住の日本人女性の合唱仲間と打ち上げでレストランの庭のテーブルでランチをした後のこと。帰宅して、すごいほてりと頭痛に気づきました。
気が付かないうちに、わたしの席は午後の日差しが強烈に当たっていたのです。
仏語レッスンも休んでとにかく冷水を飲んで体中を冷やしてベッドへ。やはり、五苓散末の漢方薬とタイマッサージで復調するまでに1週間かかりました。

太陽高度が上がっていくともうすでに正午前の気温で40℃はあると思います。
乾燥しているから、汗をかかない。だから、暑さを実感しにくい。
そして、体温調節ができない。しかもわたしは還暦マダム!

暑気あたりを起こして何の不思議もないサヘルの気候を、ちょっと甘く見ていました。
四度目の暑気あたりを起こさないように、しっかり体調管理をしなければ。

もうじき、ワガドゥグ生活1周年です。

2020年2月2日日曜日

1月から始まったブロッコリーとカリフラワーの季節

朝晩のひんやりした空気が心地良かった12月、1月。
わたしのブルキナべの仏語の先生は、今年は例年より冷え込み方が弱かったと言います。
2月に入り、そろそろそんな季節も終わりが近づいているのかな。

そんな季節の中で、新鮮なブロッコリーやカリフラワー料理を楽しんでいます。




これは、ブルキナファソ西部の農耕地帯、ボボデュラッソ産のバイオ栽培のブロッコリー。立派です。日本では二百円ほどかな。
ワガドゥグでは、みずみずしい、しかもバイオ栽培のブロッコリーが一玉650フラン(約130円)で入手できるという感動!
キンシャサでは、一玉のブロッコリーがめちゃくちゃ高価でスーパーで一玉が千円はしました。カリフラワーも白菜もフランスから空輸されるからそれほど新鮮でなくてもとても高くて手が出なかった記憶しかありません。

聞けば、ブルキナべたちはよその国からの野菜を栽培する技術を上手に取り入れて、国内で栽培しているというのです。努力家だなあとここにも感心するのでした。
キンシャサでは、自分たちで栽培するという考えを持つこともなく(コンゴ人には失礼ですが)、ひたすらフランスやベルギーからの空輸品に頼っていました。だから、もちろん、高価な空輸野菜は一般庶民には入手困難だと思われます。外国人だって高価すぎる野菜の購入を躊躇してスーパーマーケットの商品棚で野菜たちは萎びていましたもの。

ワガドゥグでは、バイオ野菜をいろんな繋がりでツテを通して買えるし、毎週土曜日朝に開かれる市内二か所のレストランの庭で、あるいは、日曜日の朝の乗馬クラブ内で朝市が開かれていて、野菜のほかに、チーズ、蜂蜜、ココナッツミルク、モリンガの粉、食用油、肌用の油、石鹸、など貴重なバイオのものが入手できるのです。

そのたびに、やはりこの国は農業の国なのだなあと思い返します。
もちろん、外国人向けの朝市なのか、外国人だらけですが、値段も固定されて安く設定されています。ブルキナべの性格がこんなところにまで表れているのだなあとちょっと感動です。
庭で焼き立てのパンや、美味しいコーヒーも飲めて外国人たちの朝の憩いの場にもなっています。


ボボデュラッソからのBio野菜たち

我が家へは、二日前に注文しておくと、こんなビニル袋入りで毎週金曜日の朝に届けられます。一袋、どの野菜も650フランです。白菜もほうれん草もピーマンも650フラン!(ちょっと高めの野菜もありますが。)
ビニル袋をすぐに開けて、冷蔵庫へ。
その時の野菜たちの様子です。


チンゲン菜

ニラ

も一度! ブロッコリー!

これからは、なんと苺の季節が始まります。
”あまおう”顔負けの苺もあって、楽しみです。

2020年2月1日土曜日

ゴルフ場で出会った小さな女の子たち

 今日、土曜日の朝、ゴルフを始めるにはちょっともう陽が昇り始めた時間でしたが、夫と友人と3人で、ハーフだけ、コースに出ました。
最近は風が強くて、ボールが風の影響を受けるくらいコースじゅうを吹き荒れています。
風に向かって進むと、息ができないくらい風が吹きまくっています。


コースに出てまだ半分も行かないとき、グリーン近くに小さな女の子たちが3人、胸元に何か白いものを抱いて立ってわたしたちのほうを懇願するようなまなざしでじぃーっと見ていました。
近寄ると、白いものはゴルフボールでした。

大きい子は8歳くらいかな。一番小さい子は、4歳くらいでしょうか。
その小さな子の持ったボールは傷だらけの古いボールばかり4個。ちいさな両掌いっぱいに載せて心なしか申し訳ないような恥ずかしいような表情を浮かべてお姉さんたちより引っ込んで立っています。
夫は、先に進んでいたものの、気になったのでしょうか、また引き返してきました。
以前にも一度、中古のゴルフボールを(コースで見つけて拾い集めて)売っている二人の女の子に出会ったことがありましたが、キャディに訊くと、ああやってボールを拾い集めて学校のノートを買う足しにしているのだとういうことでした。

あの時に買ってあげればよかったと後悔したことがあったので、夫に買ってあげようか、と言うと、夫が声に出して優しく1,2,3…と数え始めました。
全部買ってあげようか。そうだねえ。
石ころだらけの”月面ゴルフ場”だから、そこで拾ったボールの傷み具合もひどいものです。
10個あるから千フランでいいかい。
女の子たちはコクリと表情を変えることなく頷きました。

千フランを差し出すと、恥ずかしげに小さな手を差し出して受け取りました。一番大きな女の子の手です。
わたしが、これでノートを買ってね、と言うと、3人とも微かににっこりうなずきました。
そして、来た道をゆっくりもどって行きました。
女の子の後ろ姿でも写真に収めていたらよかったな、とは後の祭り。
ブルキナべの子どもたちはとっても人見知りです。

百フランで20円ほどです。
一生懸命に集めたであろうゴルフボールで200円ほどを3人で手に入れたのです。

いつか、ワガドゥグの路地で見つけた、何でも屋の小さな店のことを思い出しました。


ワガドゥグ市内路地にあった何でも屋さん ”金のボール”(2019.11.末)

一個売りの飴玉からバオバブの実の干菓子、小袋入りの洗剤、マッチ、電池、ノートまでありとあらゆる庶民の日用雑貨必需品が理路整然と並べられた小屋のような小さなよろず屋。道端に出っ張って建っていました。

あの女の子たちは目をらんらんと輝かせて、千フラン札を手によろず屋さんに行って、何を買うのでしょう。
元気でねー!

2020年1月29日水曜日

バオバブの木の実の季節になりました

今朝、我が家のコックさんが、バオバブの実を見つけたから買ってきたよー、と元気よくやってきました。

”Pain de singe"(おサルのパン)と呼ばれるバオバブの木の実2020.1.29.朝

長さ約30cm。
これで一つ150フラン!日本円で30円。
枝から実をもいで運んでくる賃金でしょう。
この写真で見ると、表面はさつまいもの皮のようにざらざらしているように見えますが、おサルのパンはとても硬くて、表面はアフリカ人の髪の毛のような羽毛がびっしり生えているのだそうです。その羽毛の名残りが上の写真の実の右部分に白っぽく残っています。
その羽毛が肌に刺さると、とってもかゆいんだ、と子どもの頃を思い出すようにコックのおじさんは話してくれます。
振ると、マラカスのようにカシャ、カシャと音が出ます。
中身が乾燥して、たくさん入った種が動くのでしょう。

”おサルのパン”の季節は、12月、1月、2月かなあとコックのおじさんは言います。
実が熟して乾燥してくると、自然に木からポトンポトンと落ちてくるそうです。
子どもたちはそれが待ちきれずに、棒を投げて実を取るのだと言います。
おサルさんは、器用にバオバブの枝に登って実を取るのだそうですが、人間がバオバブの木に登るのは危険なのだそうです。

堅い実を割って、また、コックのおじさんはおいしいバオバブジュースを作ってくれて、そして、種を水に浸けてきれいに種だけにしてわたしにプレゼントしてくれるのでしょう。
楽しみ、楽しみ。
カルピスのようなバオバブジュースはわたしの大好物です。

埃舞うワガドゥグで 和やかに ”A vos souhaits"

空が霞んで太陽が見えないワガドゥグ 我が家の2階のベランダから 2020.1.28.

昨年11月の初めから全く雨が降らず、赤っぽい土埃の舞うワガドゥグです。
もう3か月ほど雨が降っていません。
朝と夜の2回、家の中の床の拭き掃除をしても毎回バケツの水は泥水になります。
町なかのバイクに乗るブルキナべたちもそろそろマスクを着用する人が目に付くようになりました。

わたしも4,5日前から、水のような鼻水が出て、くしゃみ連発です。
埃アレルギーかな。
くしゃみをすると、そばにいる人は、わたしに「A vos souhaits!」と声を掛けます。
あなたの願いが叶うね、って感じかな。
今あなたの頭の中で願っていることが実現するよー。
なんと温かみのある言葉掛けだろう。

くしゃみが出ることが日常化している人たちの、優しい生活の知恵、かな。
くしゃみが出ることも悪くないかな、と思えてきます。

町じゅうが埃っぽくなると同時に、少しずつ気温も上がってきているように感じます。
とはいえ、午前11時前の今も部屋にひんやり心地よいそよ風が入ってきます。
(多分、埃も一緒に・・・)

小鳥たちも、我が家のベランダをよく訪れます。
今朝は、コビト小鳥、とでも言いたくなるような小さな小さな小鳥がリビングの格子にしばらく留まって、かわいい声でさえずっていました。
見えるかな。

リビング格子に留まってさえずるコビト小鳥 1.29.朝


2020年1月15日水曜日

今朝もブルブル

1月15日、今日も肌寒い朝を迎えているワガドゥグです。

インターネットの天気情報によると、朝6時の時点で気温18℃だそうです。体感的にはもっと低く感じますが。
今朝、台所勝手口のドアからリビングの窓へそよそよと風が吹き抜けていました。網戸は赤土で汚れまくりです。毎夕、勝手口のドアを閉めて、鉄扉の隙間からの虫侵入防止のために厚紙で隙間を埋めてから扉の網戸をぞうきんで拭くのですが、もう水はそれだけで赤土色になります。

勝手口からリビングへ風が吹き抜ける、ということは北からの風。
言いかえると、サハラ砂漠方向からの風と言うことです。
ハルマッタンですね。
昨夜も、マスクをして飴玉をなめながら寝ましたが、咳込んでばかりで寝られなかった。

昨年の11月半ばだったかなあ。
まだ空き地の目立つ、ワガドゥグ郊外サアバに住む在京ブルキナファソ大使を6年務めた御夫妻宅を訪問した時に大使が、今朝は今年一番のハルマッタンが吹きました、と言われたのを聞いて、ああ日本人も”春一番が吹いた”と言う表現をするなあと、共通する歳時記を感じました。

空は明るく晴れているのに、太陽は姿を現さず、空全体が霞んでいます。





上の三枚の写真は、どれも、街路樹として植えられた木たちです。
まだ小さくて、動物たちからの保護のために鉄枠で囲われています。
サヘル地帯のこの町に木を育てようという機運が高まり、こうやって、道路端に鉄柵で囲われた幼木をよく見かけます。
木を一本切ったら、代わりに木を一本植えよう、と言う運動があるのだと聞きました。

この街路樹たちが大きく育って枝葉を伸ばす光景を想像すると心なごみます。
この町じゅうの埃っぽさもずいぶん改善されるのだろうなあ。

そんなことに思いを馳せる乾季の肌寒い朝なのでした。

肌寒いと初めて感じた1月14日の朝

今日、1月14日の朝、薄い掛布団から出たとき、ワガドゥグに来て初めて”ウッ、サブッ!”と感じました。
レストランのテラスで友人たちと昼食を取っているときも、ひんやり冷えてきて、長袖のコットンカーディガンを羽織ったり。こんなことも初めてのことです。

12月に入ってから、現地の人たちは皆、朝からダウンジャケットもどきの厚手のものを羽織ってバイクにまたがり、毛糸の帽子をかぶっている人も見かけます。
確かに今日は肌寒かった!昼間の日陰も冷えました。

先ほど、14日のワガドゥグの気温を調べてみると、最高気温31℃、最低気温17℃。
やっぱり。寒さを感じるはずです。
乾季真っただ中だから、もちろん降水確率0%。風0.5m/s。湿度20%。
湿度がないから室内はひんやり。
雨季のころは、エアコン室外機のホースからは、一日でバケツ一杯になるほどの水がしたたり落ちていたのに、今では、一滴たりとも落ちてきません。

最後にパラパラっと降った小雨は11月初めでした。
以来、2か月半も町はカラカラ状態で埃だらけ。窓からはさわやかな風が入ってきますが、おかげで朝に室内を水拭きしたのに、夕方に水拭きするとバケツの水はもう泥水状態です。
わたしはさっそく喉をやられて、咳がひどくてお腹の筋肉痛です。これで腹筋が鍛えられてすっきりすればいいのでしょうが、そうはいかないでしょう。
とにかく、一日中、間断なく全身で咳をするから、疲労困憊です!

そんな中、友人から、バオバブの実、”Pain de singe”(おサルのパン)の季節が始まりましたよー!、苺が初お目見えしましたよー!、と季節の巡りの知らせる便りが届き始めました。




11月中旬に種から植えた我が家のベランダのバオバブの芽もスクスク、とまではいきませんがゆっくりと育っています。
20個ほどのバオバブの種をプランターにばらまいて、6個から発芽し、植木鉢に植え替えたものもあります。草、というよりもイッパシの”木”と呼んでもいいものまで出てきました。

プランターの中の長い葉っぱは、シトロネール(レモングラス)。家の周りに植えると蚊除けになるし、葉っぱを煎じて飲むと体から毒素が排出される効果があると言われている植物です。

毎日、時間があれば、大きくなれよー、元気でいるんだよーと全員に声をかけています。
こんなことも、毎日の小さな幸せです。

ブルキナファソではテロ攻撃があちこちの地域で起こり、少しずつ治安が悪化しているようです。
現地の庶民の生活は、厚手のジャケットやカーディガンを羽織って、乾季の季節の中で普通に穏やかに過ぎて行っているというのに。
イスラム教徒もキリスト教徒も、土着宗教を信じる人たちも不思議なくらいとても仲が良いと感じます。部族の差別も、仕事の差別も関係ないときっぱり言うブルキナファソの人たちに感動すら覚えます。

どうぞ庶民の生活の日々の平和が続きますように。

2020年1月8日水曜日

幸せな新年のご挨拶




新年明けましておめでとうございます。

わたしたち夫婦は、昨年27日の夜便でワガドゥグを発ち、新年をフランスの娘一家のところで迎えました。真夏からいっきに真冬の世界へ突入してきました。
寒かったー!
最後は古い、織物の街として栄えたリヨンで2泊し、夫のパスポート置き忘れ事件勃発で危うくワガドゥグに戻れない危機に直面するも、リヨンのたくさんの人たちのお陰でパスポートは無事に戻ってきて、1日ちょっと遅れはしましたが、無事に1月5日夜遅くにワガドゥグ空港に戻りました。
それにしても、リヨンの人たちの親切心には感動しまくりでした。
本当に奇跡的な親切を受けました。
それに、最後のパリのホテルでは、念願の湯船に浸かれて至福の時を持てたし。
ありがとうございました。


そして、今日、日本の友人からのメイルで、NHK「年の初めはさだまさし」でわたしの葉書が読まれたことを知り、夫とYouTubeで発見して観ることができました。
さださんに、葉書採用の人だけに送られる生さださん特製絵葉書がワガドゥグの我が家の私書箱に無事に届きました~というお礼の葉書を書いたまでの簡単な内容だったし、投函した絵葉書というのもワニの背中に寝そべるブルキナべ(=ブルキナファソの人)のちょっとグロテスクな写真(しか手元になかった!)だったのですが。
さださんが、「この番組を観ている方はもうどこにブルキナファソの国があるのか分かりますね。」、と声高らかに(そう聴こえた!)言ったとき、夫婦で手を取らんばかりに喜び合いました。
何と幸せな単純夫婦だこと~です。

ブルキナファソからの葉書をさださんが読んでくれたのはニ度目。
一度目の時は、さださんたち3人は、ブルキナファソって初めて聞く国名だな、とか、アフリカ大陸を頭に見立てると後頭部辺りに位置するのかな、などとあやふやな感じでしたが、もうすっかりブルキナファソの位置を覚えてくれたようです。
ブルキナファソの人たちに代わってお礼を言います。
さださん、井上さん、住吉さん、どうもありがとうございました。

~というわけで、新年早々から感謝の気持ちでいっぱいになっています。
良い年になるぞー。
信じられます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。