2019年6月25日火曜日

ワガドゥグの夏至





これは、昨日、2019年6月23日の我が家のリビングから観た夕陽です。
18:30ちょっと前の夕陽です。

前日の午後、ワガドゥグ市内は大嵐に見舞われ、厚い雨雲と砂塵で太陽は隠され、14時だと言うのに辺りは夜の始まりのように暗くなりました。まるで皆既日食のようでした(経験してないのに、よく言います)。
大嵐の後はしばらく大粒の雨と雷の続いた前日の夕方。
お陰で、さっぱりしたのか、翌日の23日には見事な夕陽が拝めたのでした。

今年は、6月22日が夏至だったそうです。
北緯12.37度にあるブルキナファソの首都、ワガドゥグは年間日の出、日の入りは午前、午後共に6時前後と思われます。
実際に調べたら、6月24日の日の出は5:42、日の入りは18:33だそうです。

ここに来た3月初めの頃は夕方6時前には薄暗くなっていましたが、今では、6時半までどうにか明るいのです。

わがふるさと、北九州の夏は、天気が良いと夜8時近くまで明るくて、夕飯を食べた後にまた遊びに出ていました。
家族で、夕方の散歩もよくしたものです。
父が、よく、夕陽はきれいだなあ、ほぅらこんなに空が真っ赤に染まってるよ、と感動した声で言うのを聞いて、わたしもいつのまにか、夕陽と夕焼けの大好き少女になっていました。

ここ、ワガドゥグで、夕陽に見とれる親子、っているのかな。
この国に夕陽や夕焼けの歌、ってあるのかな。
知りたいなぁ。

2019年6月23日日曜日

ワガにもあったブルグツゥ健康茶

ワガドゥグの健康茶葉


「おぅーい!、ワガドゥグにもブルグツゥの茶葉があったぞーぉ!!!」
夫が帰宅するなり、勝ち誇ったように茶葉のビニール袋を持ち上げて叫びました。

”ブルグツゥ”とは、我らが夫婦のキンシャサ時代の愛飲健康茶です。
キンシャサの食卓テーブルには煮出したお茶のポットがいつも載っていましたっけ。

ブルグツゥ茶はドクダミ茶と同様、濃い茶色のお茶で、味もドクダミ茶の味に加えてミントが入っているようなスーッとする飲み心地があって爽やかでした。


夫の戦利品、ワガドゥグの健康茶葉の入ったビニル袋を開けると、まさにブルグツゥの香りです。早速、煮出して飲んでみると・・・。
はい、間違いなく、キンシャサのブルグツゥ茶そのものでした!
感動の再会!
久しぶりに香りも楽しめました。

ここでのボーイ兼コックのセイドゥおじさんが朝出勤してくるなり、お茶の入ったポットを見つけて、お!ここの健康茶だね、と言ってきました。でも、おじさんは名前を訊いても知らないなあ、と言います。でも、ワガドゥグの人たちは健康に良いお茶だと知っているから、皆が飲んでるよ、とも言っていました。

ワガドゥグに、古いキンシャサのブルグツゥ茶葉を持って来ていたので、お見せしましょう。

キンシャサからのブルグツゥ茶葉

白く見えるのは、カビではありませんよ、光線の加減だと思われます。
これは、わたしたちが2017年6月だか7月にキンシャサを最終的に発つときに、最初のキンシャサ暮らしの時の我が家の家政婦、フロランスおばさんが日本へのお土産にと持って来てくれた茶葉で、帰国しても愛飲していましたが、そのうち、日本の健康茶にシフトしていき、少量残ったブルグツゥ茶葉を捨てるのはもったいなくて、ワガドゥグに持って行く荷物の中にクッション代わりに忍び込ませたのでした(だから、ちょっと葉っぱが粉状に割れてる。)。
しかもワガドゥグの新しい茶葉と比べてみると、キンシャサからの古いブルグツゥ茶葉はもう香りが飛んでしまっています。残念だけど処分することにしましょう。


思い返せば、キンシャサ暮らしの初期の頃、我が家の食卓テーブルに載っていたのはシトロネールの葉を煮出した黄色いお茶でした。日本でもレモングラスとして入手できる茶葉です。
家政婦のフロランスおばさんが、ここにはもう一つ健康茶があって、我が家では子どもたちのために二つのお茶が常備されてるのさ、と言って紹介してくれたのが、このブルグツゥ茶だったというわけです。
以来、ブルグツゥ茶はわたしたちの愛飲茶となりました。

かのじょに言わせると、その茶葉は庶民の市場、グランバザールでしか入手できなくて、それもいつも買えるわけではないらしく、見つけると我が家用にも買って来てくれていました。クリスマスにはブルグツゥ茶葉をプレゼントしてくれたこともあります。そして、わたしたちが日本に帰国するとき、お土産にと持たせてくれました。

初めてのアフリカ滞在国、中央アフリカ共和国のバンギでは、ボーイのフランソワおじさんがシトロネール茶を(かれは、プランターから採ってきたばかりのシトロネールの葉を洗い、生のまま数センチ幅に巻いた後に中央をぐるぐる巻きにして留めてから熱湯に入れて煮出していました。)教えてくれました。
そして、ブルグツゥ茶は、コンゴ民主共和国のキンシャサ暮らしの時の家政婦、フロランスおばさんに教えてもらいました。
そのブルグツゥ茶にワガドゥグで再会できるとは、思ってもいませんでした。

それにしても、バンギでもキンシャサでも、どこの庭でも植えられていたシトロネールだったのに、ワガドゥグでは見かけないのはどういうことでしょう。
シトロネールの葉っぱは硬めでしっかりした葉でしたが、形状は稲の葉に似ていました。
お茶を煮出すために葉を数本採ってもすぐに繁ってくるシトロネールは、植えておくと蚊除け効果があると言われ、どこの庭でも家を取り囲むように植えられていました。実際、キンシャサでは、シトロネール成分の入った虫よけスプレーも売られていました。
ワガドゥグではいろんな自然食品が多すぎて、シトロネールの存在は薄いのかな。

2019年6月16日日曜日

ブルキナファソ・モシ族の伝説 イエネガ姫物語

 ブルキナファソのモシ族に古くから伝わる、イエネガ姫の物語の再話です。



L’éléphant vert: ブルキナファソ モシ族の伝説~La Princesse Yenega: 馬上のイエネガ イラスト(YouTubeより) 現在のブルキナファソの部族の過半数を占めるといわれるモシ族は、モレ語を話し、今も、皇帝と呼ぶのか、首長がワガドゥグに臨座してるのだそうだ。 モシの王国を作ったと言われるウエドラオゴの話は、この国の誰もが知っ...

ワガドゥグ市内に立つイエネガ姫像

ワガドゥグ市内のイエネガ姫像


ブルキナファソの人口の60パーセントを占めると言われるモシ族の人々に古くから伝わる、イエネガ姫の物語があります。
イエネガはモシ王国の最初の王の母です。
(イエネガでもイエネンガでもどちらも言うのだそうですが、ここでは、イエネガに統一します。)
モシ王国を建国したウエドラオゴ王の母親、イエネガのたくましくも美しい女性の物語を、わたしが小さい頃夢中になって観たアニメ「リボンの騎士」の作者、手塚修虫さんはもしや知っていたのでは?、とも、「風の谷のナウシカ」を描いた宮崎駿監督もイエネガ姫を下地に物語を膨らませたのでは?、とも勝手に空想して(失礼)、わたしには日本の巨匠が描いたこの2人の主人公(サファイヤ王子とナウシカでした)が、イエネガ姫と重なってみえてしまうのでした。

イエネガ姫の物語は、はるか遠いアフリカの、小さな国が林立して戦いを繰り広げる時代の伝説です。


最初の写真の銅像は、ワガドゥグ市内に立つイエネガ姫の像です。
この像の立つ小さな一画は、庭園(JARDIN YENNENGA)になっていて、食事などができる庶民の憩いの場になっていると言うことです。

また、その庭園を囲む鉄柵には、馬にまたがるイエネガ姫の雄姿も描かれていました。


イエネガ庭園の柵に描かれた、馬上のイエネガ姫


弓と槍を持ち、馬にまたがって敵と戦うイエネガ姫の雄姿を、わたしは、勝手にりりしく美しく思い描いていたんだと改めて思いました。
(得てして、歴史上の人物は美化されやすいですからね。)

だから、この像を見た時は、正直、がっかりでした。
こんなにがっしりした姫ではなかったはず。だって、「イエネガ」と言うのは当時の部族の言葉で「細い」という意味で、実際にイエネガは細い体型でしたが、乗馬も弓、槍もとても上手に操ったと言い伝えられているのです。
どっちかと言うと、こっちのイメージかな。


戦闘姿のイエネガ姫像(真鍮製・ワガ2000のタイマッサージのサロンにて)


ワガドゥグの街中のイエネガ姫の銅像の足元には、だれが供えたのか、かごに入った花が飾られていたのには心和まされました。


今も多くのモシ族から慕われるイエネガ姫の物語は、次回、わたしの絵本屋ブログのほうからワガブログのほうに引用して、ご紹介しましょう。

2019年6月15日土曜日

飴玉おつり健在!

お釣りの変わりに渡された飴玉(右)


ワガドゥグはまだそんなに雨は降らないのだけど、雨季に入った、と現地の人たちは口々に言います。
朝、窓から入ってくる風のヒンヤリ感が心地良いし、夜中は、エアコンを付けっぱなしにして寝ると・・・・。
はい、わたくし、しっかり風邪をキャッチしました。
ワガドゥグに来て2度目。
痰がらみの咳と青洟がすごいです。熱も出ました。
ワガドゥグの人が言うには、3月のわたしの症状は、空気に舞う土埃が原因の喉と気管支の炎症で2週間ちょっとで自然に完治しました。
が、6月の今回の症状は季節の移り変わりの風邪ということらしく、抗生物質を服用してようやく風邪の症状も治まりつつあります。
確かに、あちこちで風邪で熱出してダウンしている人がいますもん。

さて、昨日、頭痛がして熱っぽいなぁと思いながら、運転手と買い物に出た先でのことです。
場所は、新興住宅地のワガ2000支店のマリーナマーケット。
こざっぱりしたスーパーマーケットです。

レジに進んで、はい、13,185Fね(レシートを引っ張り出して確認)と言われて、2万Fを差し出し、次に200Fないかい?、レジマダムに訊かれて、200F玉を渡しました。
すると、細かいお釣りがないから、はいこれでね!
おもむろに手渡されたのは、7千F分の紙幣+上の写真の飴玉じゃあござんせんか。

わあ、ここ、ワガドゥグでもお釣り代わりに飴玉で片付けられたー!

ワガドゥグに来て初めてのことでした、飴玉お釣りをもらったのは。
5フランの代わりのお釣りってわけです。

キンシャサでは、紙幣のみが流通し硬貨は存在しなかったから、しょっちゅう、飴玉お釣りをもらっていました。しかも、その紙幣は米ドルと現地のCF紙幣の2本立て、ときたもんで、その2種間の換金率がどうなってるんだか(素早いパソコン処理!スーパーに依って違っていた!)ついて行けなくて、もう、「豆鉄砲を食らった鳩!」状態でしたっけ。

こちらは、しっかり現地通貨のみだからややこしい換金計算は不要だし、硬貨だってご覧のように7種類!(下の写真参照)
5フラン硬貨(=1円)まであるのだから、日本のようにお釣り問題はなし、と思っていたのに、まさか、ここで飴玉お釣りがまかり通るとは!


(左から)500,200,100,50,25,10,5F(5で割ると日本円に)


友人に訊くと、たまに飴玉でごまかされることがあるとか。
我が家のコックさんに訊いても、小さいお金がないときは飴玉でお釣りをもらうのさ、と平然としてます。
それで怒る人はいないの、と訊くとそりゃあ、たまにいるさ~とは言ってたけど。

はー!硬貨の意味ってなんじゃい?、と思ってしまいます。
日本人は、律儀に1円までしっかり(レジ同士で交換までして)お釣りをくれるぞー、と思ってしまうけど。
おおらかなアフリカ気質ですな。
文化の違いを楽しみましょう。

2019年6月6日木曜日

モリンガの葉粉とバオバブの葉粉と

バオバブの葉粉(左、?g、600F)
モリンガの葉粉(右、50g、700F)

今日は、夕方頃、ちょっと夕立のような雨が降りました。雷も一瞬、ゴロゴロ鳴りました。雨季近し、と言いながらまだ本格的な雨は降らないワガドゥグです。

さて、我が家でいつも食卓に載る「モリンガの葉の粉」。
食後に、茶さじ一杯、パクっと口に入れて食べるのがキンシャサの頃からのわたしたちの習慣になっています。

キンシャサではモリンガの木を簡単に見つけることはできましたが、葉を乾燥させて粉にして売る店(場所)はありませんでした。だから、修道院の神父様絡みで、または、夫のプロジェクトの地元技術者絡みでモリンガの葉を粉にしてもらったりしていました。モリンガの葉の粉入手はキンシャサでは骨の折れる仕事だったことを思い出します。

しかし!
ここ、ワガドゥグの町では、乾物屋さんにも地元スーパーマーケットにも普通にモリンガの葉を乾燥させて粉にしたものが売られているので、簡単に入手できます。

その上、上の写真のように、なんと、バオバブの葉を乾燥させた粉もあります。
バオバブの重量は容器には表示されていませんでしたが、モリンガ入りの容器50gの2.5倍はありそうです。
バオバブは、モリンガのおよそ2.5倍の大きさの容器に入って600F。
モリンガは、50gの重量で700F。
断然、モリンガの方が高価です。

口に含んでみると、どちらも少し葉緑素(?)の匂いがします。
でも、料理にふりかけて邪魔をする匂いではありません。

モリンガとバオバブとお抹茶。
どれも、葉っぱの緑色の粉。
それぞれ、マメ科、パンヤ科、ツバキ科と属する科は違いますが、似ています。
さあ、この粉は3つのうち、どの粉でしょうとかいうクイズが出たら、きっと区別がつかないのではないでしょうか。匂いでやっとお抹茶だとはわかるでしょうか。

バオバブの葉を料理に使う国に滞在するのは初めてです。
しかも、バオバブの実の粉も塊もジュースも、さらにいろいろな食材があって、この国の食文化はおもしろい!
スーパーフード続出です。
でも、この国の人々、ブルキナべの寿命が短いのは、何でだ???

今日は、モリンガとバオバブの葉っぱの粉について(のみ)、でした。



2019年6月5日水曜日

マンゴー尽くし

ここは、マンゴーの美味しいところ。
ほとんど繊維のない、クリーミーな、口の中でとろけるような歯ざわりのマンゴーです。
夫は、いままで滞在した国で、イチオシのマンゴーはここ、ブルキナファソ産だ!、と豪語します。

我が家のコック、セイドゥおじさんは、デザートの時には、こんな切り方で皿に載せて出してくれます。



まずマンゴーの実を一個、幅広面を側面にして、まな板に載せます。
中に入っている大きなマンゴーの種に当たらないように、皮ごと両側から二つ切り取ります。
切り取った種無しマンゴーの身(皮つき)を約1センチ角に縦横、皮の寸前まで包丁で切れ目を入れます。そして、それを皮ごとめくり返すようにすると、出来上がり。
皮からすっと離れて取れて、一口サイズがありがたい!

時には、パイナップルを四分の一に切って身と皮の間に包丁を入れて離して、数ミリ幅でパイナップルの実に切れ目を入れた間に、マンゴー細切りを交互に挟んで提供してくれることもあります。
黄色とオレンジの濃淡が目にうれしいです。

先月は、普通のマンゴーより大きくて、赤みを帯びた皮のマンゴーをセイドゥおじさんは買ってきました。

普通のマンゴー(下)とアナナマンゴ―(上)(ガラステーブル下に足が・・)

セイドゥおじさんは、誇らしげに見せてきました。
これは、アナナマンゴ―と言ってね、アナナとマンゴーが一緒になったような味がするのさ。

はい、確かに言われてみれば、アナナ(パイナップル)とマンゴーの掛け合わさった味でしたし、おいしかったです。

でも、これって、宮崎産の高級果物、アップルマンゴーってやつじゃない?
とは突っ込まなかったけど。(りんごとマンゴーの味が合わさったようだからアップルマンゴーと言うのか?リンゴのように皮が赤いからアップルマンゴーと言うのか?謎。)

いずれにしても、味の表現、っていろいろありますな。

わたしは、いつか言ったように、マンゴーはチト苦手。
そばで、おいしー!、天国だー!とかうっとりした目でパクつく夫がいます。
幸せなおかたです。

2019年5月27日月曜日

スイカの季節じゃないのに



5月ももう終わりです。ぽちぽちと、夕方から雨が降るようになりました。夜に雨が降った日の朝は、羽蟻が大量発生するらしく、どこの隙間からか、羽蟻の羽だけがゾワーっと台所に入り込んできてかたまって床に散乱しています。ホントに、ゾワー!、です。
網戸にも内側に羽だけがへばりくっついて、ゾワー!
アパートの階段にも飛び散ってゾワー!

まあ、お陰で、朝、窓から入る風は確かに心地良くて、扇風機だけでしのげます。
はっきりと季節の変わりを感じます。

そんな季節の街中では、先月あたりからスイカが山積みになって売られています。
スイカの季節なのかと聞いてみると、いや違う、今はスイカの季節とは真反対だ、と言い切ります。
スイカの季節というのは、雨季が終わった12月、1月、2月の頃だと我が家の運転手もコックも言うのです。
スイカは育つのに水は要るが、育ってしまうと、スイカに水がかかるとスイカを傷めてしまうから、雨季の後に実を結ぶのが一番なのだと力説するのです。
なんでも7月、8月、9月がワガドゥグの最多雨量の季節なのだそうです。

じゃあ、山積みスイカはどこかよその国からの輸入品なのかと聞くと、いや国内産だと言います。今の季節は畑にスイカを植えて、毎日水をやって育てるのだ。でも、旬の季節には、畑にスイカの種を植えて何もせずに勝手に大きくなるのだよー、って。

ここのスイカは無地の薄緑色です。日本のスイカのように縞模様ではありません。
ということで、無地だけど、日本のと同じくらいのLサイズのスイカが今現在も道端で山積みされて売られています。

25年前のバンギでは熱帯地方なのにスイカはまず見られなかったな。
数年前のキンシャサでは、小さいスイカをたまに見かけて、買ってきて割ってみると果肉はほとんど白みどりでがっくりしたよな。
騙された気分になったものです。

品質改良されたのでしょうか。それとも、ここの土壌に合ってるのでしょうか?
ここのスイカは、日本の夏の風物詩の”スイカ割り”ができるほど、しっかり大きいスイカです。

夫が4月下旬に買ってきたスイカをお見せしましょう。




赤く熟していますね。日本のスイカと同じでしょ!美味しかったです。
だから、てっきり、スイカの季節到来か、と思ったくらいです。
でも、我が家のコックさん兼ボーイさんは、今の季節のスイカには見向きもしません。
かれのデザートには、パイナップルとマンゴがよく登場します。

ここの人たちは、旬のものをしっかり知っていて、それを楽しむことを大切にしてるなと思います。
旬が終わると、はい、また来年までサヨおなら、ぷっ!、とお別れするのでしょう。

2019年5月23日木曜日

ワガドゥグの街角の公衆電話!



五月も下旬となりました。日本では、そろそろ梅雨の声を聞くころでしょうか。
ここ、ワガドゥグでも、雨季が始まるのかな~。火焔樹の木に朱色の花が満開です。
昨夜も、お湿り程度の雨だったようですが、雷の音がごろごろ遠くで鳴っているのが聴こえて、早めのシャワーを浴びておこうと思いました。雷が鳴ると、停電が起こりそうで(おへそも取られそうで!)怖いですし。

さて、この写真。ワガドゥグの中心部でわたしが撮影したものです。
なんと、公衆電話ではありませんか!
でも、皆さん素通りでした。もうずいぶん昔のもので、故障して以来ずっと振り向きもされずに放っておかれているのだそうです。でも、きれいに保存されていると思います。

日本では、昭和40年代に固定電話が一般家庭で普及して行って、赤とクリーム色のツートンカラー(懐かしい言葉!)の公衆電話ボックスが登場し、駅ナカとかで赤や緑(や肌色も?)の公衆電話が設置されて行きました。
当初の公衆電話は、10円玉しか使えませんでしたが、そのうちに100円玉も使えるようになり、テレフォンカードも登場しました。
でも、いつの間にか、「一億皆携帯電話時代」となり、公衆電話も、テレフォンカードも消えて行った、かな。

キンシャサでは、固定電話の時代を持たないまま、一気に飛び越えて、携帯電話が普及したのだそうです。
このワガドゥグでは、一応、固定電話の時代もあったようです。オフィスなどで普及していったと聞きます。だから公衆電話も設置されていたんだなあ、とちょっとびっくりしました。
現在は、まずほとんど皆が携帯電話を持っています。電波状況の不安定もあって、ほとんどの人達が2台、3台と持っています。

ちなみに、キンシャサでは存在しなかったコインがブルキナファソの国には、ちゃんと存在しますからね!
これにも、感動しましたよ!




さて、ブルキナファソ(ワガドゥグ限定?)の公衆電話には、何分でいくらのコインを入れていたのでしょう?

2019年5月21日火曜日

衝撃のファソダンファニ探訪・最終編

さて、4つの疑惑を抱えたまま、いよいよ最終回。

衝撃のファソダンファニ探訪を終え、あのマダムとあの家内工場は何だったんだろうと、幻影のようにも思えてきた、数日後・・・。

というか、昨日の日曜日、朝のゴルフを終えた後、夫のプロジェクトに絡むフランス人が夫婦で世話役をする乗馬クラブの大会があるからどうぞーとお誘いを受けて、行ってきました。
小じゃれたパイヨットの中にカウンターといくつかのテーブルや椅子が置かれていて、憩いのスペースになっています。
馬場では競技会前の練習風景が繰り広げられていました。
今回で見学2回目です。

その会場の入り口に、ワガドゥグのアーティストたち、食品販売の人たちがそれぞれに小さなブースに分かれて店開きをしています。
なかなかセンスの良い商品、高品質のものばかりが並んでいて、きっとフランス人仲間の御用達のブランドブースなんだろうなと思われました。
小物として、ブルキナファソのカゴ製品も鉄や銅の製品や、ベンチやスツールたち。絵やカード、それから楽器(これはちょっといただけなかったかな)も見つけました。
食品として、瓶詰ジュースや、果物の乾物、ナッツ類、ショウガ入り手作りクッキーもあります。瓶詰ジュースの販売会社は1ケース単位で売って運んでくれて、空瓶は回収に来るのだそうですよ。環境問題にも配慮してるなあとひとり感動の渦の中へ。
布製品として、染色されたテーブルクロスや、ベッドカバーも・・・。

~っとワクワクしながら見ていたら、視線を感じました。
くるっと振り向くと、ニッカアーと笑う、あ!あのマダムだ!!!
たくさんのカラフルなファソダンファニの小物を所狭しと並べたテーブルを前に満面の笑顔でわたしを見つめていました。
おお~。マダムじゃないのお。HPを見ると、おしゃれなブティックだとばかり思って行ったら、とんでもない。マダムんとこは工場だったよねえ~、まったくぅ~と言ったら、またまたニッカアーと笑います。


ニカマダム(と呼ぶことにしましょう)んところでは、こんなにきれいなファソダンファニの織布を織っていたのだという感動がまず沸き起こりました。
本当にきれいな色糸を混ぜ合わせて織られています。

わたしが手に持っているのは、カラフルなファソダンファニで作られた大ぶりのピアスたち。もう、ほんっとにオシャレなピアスたち。全部買い占めたかったけど、それは道徳に反すると思い、せめても10個ほど、と思ったら、すごい眼差しで夫が見つめておりました、わたしを。
で、4つに絞り、18000FC!、とニカマダムが言うところを、15000FCを出すと、夫が手に持っていた500FCのお札をさっと取って、これでいいことにしましょう、と言ってまた、ニッカアー。
参りました。

テーブルには、これまたカラフルなファソダンファニで作られたセカンドバッグも並んでいました。
しかし、このセンスの良い小物たちは誰の発案なのだろう?
すると、ボンジュール!、と細身のオシャレな若い女性が現れました。

あ、これはね、わたしの次女。今、コートジボアールにいるのよ~。と自慢げに紹介されました。



もしかしたら、ニカマダムの次女の女性がニカマダムのブランド商品、”Faso Beautex”のHPを立ち上げ、企画も次女さんがやっているのかもなあ、なんて思ったのでした。
ショールかなと思われるものも、もっと厚手で波を打っている織地の足マットもカラフル展開されていました。
なあんだ、あのとき制作中だったファソダンファニの織布は、こうやって小物製品になっているんだ、と合点がいきました。

しかし、このニカマダムさん。ホントにアフリカの大地にドカッ!と立ち、ニカアーっと笑いながらこれからも生きてゆくんだろうな。
家内工場の建物の中の子どもたちの喧騒が、本当に職工さんたちの子どもたちだとしたら、ニカマダムさんを心から尊敬するなあ。まさにあの空間は託児所でした。

あー、かのじょのとこのピアス、全部欲しかった、マジ。
わたしの耳は穴無しだから、ひとつずつペンダントヘッドにしてもかわいいと思う。
日本の代理店になりたいっす。

以上、ブルキナファソの伝統工芸品の一つ、厚手のコットン100%の織布、ファソダンファニを3回にわたって紹介しました。